酒井玲子の日々

2009年9月15日(火)
 「酒井玲子の日々」をおとずれてくださって、ありがとうございます。
どうやってここにたどり着かれたかはわかりませんが、これも何かのご縁です。
酒井玲子ってどんな人間なの? と興味を持っていただけたら、時々のぞいてみてください。

 私自身は、一期一会を大事にしたいと思いながら日々生活していますので、そんな酒井玲子のつぶやき、出会った人々、読んだ本の感想、失敗談(たくさんあってこまるだろうなぁ)、もちろん仕事のうえで参考になるようなことも、色々と徒然なるままに書いてみたいと思っています。

 2023年7月26日(水)
 このページを書き連ねてから14年が過ぎました。なかなかマメに更新できませんが、これからも私が出会った出来事を書いていきたいと思いますのでどうぞお付き合いください。

諏訪へのひとり旅 その2

立石公園から臨む諏訪湖

2026年6月27日(土)

 5月16日(土)の諏訪ひとり旅の続きです。諏訪大社四社まいりを終えて上諏訪駅に戻ったところからの行程です。

1540 上諏訪駅前でタクシーに乗り、立石公園に。
     立石公園は上諏訪駅の山側の中腹に位置し、諏訪
    湖を一望できる絶景スポットです。新海誠監督の映
    画『君の名は。』に登場する糸守湖の風景のモデル
    ではないかとも言われています。『君の名は。』に
    は、主人公の瀧くんが通う都立高校の外観が私の母校である新宿高校に似ていることから、
    勝手に親近感(?)を抱いてしまって、諏訪に行ったら立石公園にもぜひ行きたいと思って
    いました。
     実際にその場に立ってみると、本当に素晴らしい光景が眼下に広がり、いくらでも眺めて
    いられる感じでした。できれば夕暮れ時から夜景も観たかったのですが、さすがにそこまで
    は居られないので、歩いて戻ろうかと思っていたら、ちょうどお客さんを乗せて登ってきた
    タクシーがいたので、それに乗って上諏訪駅まで下りました。

17:20 諏訪湖畔を少し散策してから、近くにある片倉館へ。昭和3年に片倉財閥によって建設さ
    れ、国の重要指定文化財にもなっている重厚な建物で、千人風呂という温泉施設が有名なの
    で、私もそこで1日の汗を流してゆっくり過ごしました。 
     さっぱりした後は、太陽が沈みかかった湖を眺めて、今度は諏訪湖の周りも歩いてみたい
    と思いつつ、何度も湖を振り返りながら上諏訪駅に向かいました。

19:03 上諏訪発のあずさ54号に乗り、新宿へ。諏訪で買ったお菓子などをつまみながら、結局
    まともな食事をしなかったなと考えていたら、甲府を過ぎたあたりで中央線内の信号機故障
    の影響とかで、電車が遅れますというアナウンスがあり、その後はのろのろ進んだかと思う
    としばらく止まったりの繰り返し。21:17に新宿到着予定でしたが、結局1時間近く遅れ
    て、22時過ぎに新宿に着き、なんとかその日のうちに自宅に帰り着くことができました。
     土曜日の夜ということもあって新宿駅は結構な混雑で、ちょっと前までいた上諏訪、下諏
    訪駅のがらんとした感じを思うと、とても同じ日とは思えない不思議な感覚になりました。      

  今回の諏訪への日帰り旅は、車を使わなかったにもかかわらず、「諏訪大社四社まいり」を達成
 しただけでなく、立石公園に行って千人風呂にも入ることができ、充実したものとなりました。
  日帰りでもこれだけのことができるとわかったので、諏訪も再度訪れたいですし、別の場所にも
 行ってみたいと思いました。


 

 諏訪へのひとり旅 その1

諏訪湖地図と諏訪大社4社参り御朱印

2026年6月27日(土)

 少し前のことになりますが、5月16日(土)に日帰りで諏訪に行ってきました。ゴールデンウィーク後でNPOのイベント前のこの時期なら、時間が作れて、気候もちょうどいいかなと考えて、久々の一人旅。

 諏訪に行くことは決めていましたが、具体的にどこに行くか、何をするかははっきりしていませんでした。湖畔には美術館が点在し、公園もあるので、とりあえず行ってみようかと思ってYou Tubeなど見ていたところ、「諏訪大社4社まいり」という投稿がたくさんあるのを見つけて、今回はこれに挑戦することに。諏訪大社は下諏訪にある下社の春宮と秋宮、上諏訪と茅野の間にある上社の前宮と本宮の4社から構成されていることを、恥ずかしながら初めて知りました。車ではないので、電車とバス、タクシー、そして徒歩で、どの順番でどうやったら効率よく巡れるか?色々と調べて、予定をたてました。まずは新宿7:00発のあずさ1号で下諏訪に降り立ったところから、旅の始まりです。

以下、実際のスケジュールを記してみます。

700 新宿発 (あずさ1号)久しぶりの「あずさ」

927 上諏訪で乗り継いで1駅 下諏訪到着
     駅前の観光案内所で地図などもらっていたら、もうすぐ春宮方面のバスが出ると教えても
     らい、急遽乗ることに。万治の石仏近くで降り、石仏にお参りしてから春宮へ。
     
四社を全てお参りして、その御朱印を集めると記念品をいただける、というので、普段は
     御朱印をいただくことはない私ですが、今回はそれぞれで御朱印をいただくことにしまし
     た。春宮は一番奥に御神木が祀られていて、森の中の静かなお社という雰囲気でした。
      そこから歩いて秋宮へ。青銅製としては日本一大きいといわれる狛犬が出迎えてくれま
     した。ここでも御朱印をいただき、徒歩で下諏訪駅に向かいました。駅の手前にある食祭
     館というところで足湯に入り、冷たい甘酒でのどを潤してほっと一息。

1203  下諏訪発 上諏訪へ

1230 上諏訪駅発の「かりんちゃんバス」という巡回バスに乗って上社前宮へ。
      前宮は、四社の中で唯一本殿があり、諏訪大神が初めて居を構えた諏訪信仰発祥の地とも
                伝えられているそうです。こちらでも御朱印をいただき、本殿の奥から
つながる鎌倉道遊
                歩道を歩いて本宮に行こうと歩き出したのですが、迷うはず
のないところで道を間違え、
                戻ったと思ったらまた回り道をすることになり、結局車の通る道に出て本宮にたどり着き
               ました。
              本宮は諏訪神社の総本社だけあって、広い敷地の中に多くの建物が建っていて、お参りす
               る人も多く見られました。こちらで御朱印をいただいて、諏訪四社まいりは達成。記念の
     ステッカーをいただきました。

 1507 本宮北参道のお店で五平餅を食べて「かりんちゃんバス」で上諏訪駅に。 

      **続きはその2で**

 

NPOこれからの講演会終了

講演会の様子

2026年5月30日(土)に練馬駅近くのココネリホールで、NPO法人成年後見推進ネットこれからが主催する講演会「障害者と家族が知っておきたい成年後見制度~みんなの『望み』を大切に~」が、講師にNPO法人成年後見ウィルの理事長である阿部由美さんをお迎えして、開催されました。

 「これから」の会員、一般参加者、スタッフとボランティアを含めると145名が参加して、阿部さんのお話に、熱心に耳を傾けました。これだけ多くの方が参加してくださったのは、「これから」の担当者を中心に、スタッフみんなが、阿部さんの話を届けたいと思う障害者関係の事業所や特別支援学校、施設、個人に積極的にチラシを配布し、練馬区報や町内掲示板等でも広報をした成果だと思います。そして、多くの人にとって、今回のテーマが関心のあるものであり、切実な問題なのだろうということを実感しました。

 NPO法人成年後見ウィルは、主に障害者の成年後見を法人として受任しています。また、阿部さんはご自身も知的障害のお子さんの母親でもあるということで、支援する側、そして支援が必要な側、両方の立場で、成年後見制度そのものの解説から、親が障害を持つ子を後見人に託すことの不安、そして、豊富な事例を通して、後見人がいる人の実際の暮らしについても話をしてくださいました。ちょうど今見直しが進んでいる、新しい成年後見制度についての解説もありました。
 最後には、参加者との活発な質疑応答が行われましたが、会場から出た質問を聞くと、まだまだ成年後見制度自体の理解が進んでいないことを感じるとともに、多くの方がご自身やお子さんの将来について真剣に考えて悩んでいらっしゃることが伺えました。
 
 阿部さんはゆっくりと丁寧な語り口で、内容もわかりやすく、終了後に参加者に記入していただいたアンケートからも、好意的な感想を多くいただきました。制度そのものについて、もっと知りたいというご意見がある一方で、後見人が就くと実際にどうなるのか、後見人はどのようなことをするのか、具体的なことを知りたいという要望も多くありました。

 今回の講演会では、昨年に続いて要約筆記と手話通訳を手配し、聞こえ難い方や車いすの方も参加しやすいように、優先席を設けました。また、初の試みとして、設営と撤収をお手伝いいただくボランティアとして、難聴の方と練馬区の地域活動について学んでいる方に声をかけて参加していただきました。大きな会場での講演会だったので、演台や机、椅子の設置と片付けについては、「これから」のスタッフだけではとても対応できないということで、お願いしたのですが、皆さん、積極的に動いてくださって、本当に助かりました。

 時間の管理や講師との事前の打ち合わせ等に課題もありましたが、それを次に活かすとともに、今回の講演会から得たものを、今後の活動につなげていくことができればと考えています。

 

NPOこれからの講演会

講演会チラシ

2026年3月22日(日)

 私が理事長を務める練馬区のNPO法人成年後見推進ネットこれからで、「障害者と家族が知っておきたい成年後見制度」と題した講演会を開催します。講師に西国分寺市で法人として主に知的障害者の法定後見活動をしているNPO法人成年後見ウィルの理事長、阿部由美さんをお迎えして、法人後見の実際とメリット・デメリット等についてお話をしていただく予定です。

 ご興味のある方は、お申し込みください。
 講演会:障害者と家族が知っておきたい成年後見制度
     ~みんなの「望み」を大切に~
 講師 : 阿部由美氏 (NPO法人成年後見ウィル理事長)
 日時 : 2026年5月30日(土) 14:30~16:30

 場所 : 練馬区立区民・産業プラザ(ココネリホール)
 
参加費: 500円(「これから」会員は無料)
 申込み: TEL 090-7819-2581(これから)
      E-mail npokorekara@gmail.com
 締切 : 5月28日(木) 定員:100名 

大倉山ドキュメンタリー映画祭

映画祭のチラシ

横浜市     大倉山記念館

大倉山の夕陽

2026年3月15日(日)              

 毎年この時期に開催される「大倉山ドキュメンタリー映画祭」を今年も観に行ってきました。

 以前、光が丘で上映会をした「さなぎ」の監督である三浦淳子さんが主催者の一人で、そのご縁で都合がつく限り毎年観に行くようになりました。土日の2日間で6~7作品が上映されるのですが、今年は14日(土)のサポーターチケット(土曜日上映されるどの映画も観られるもの)で3作品を観ました。①あなたのおみとり(監督:村上浩康) ②黒川のおんなたち(監督:松原文枝) ③NO 選挙、NO LIFE (監督:前田亜紀) 

 ①は末期癌の父を自宅で看取ることを決めた母と、それを支える周りの人たちの様子を、息子である監督がカメラを通して見つめた作品で、家族でなければ撮れないであろう、人が死に向かう様を記録しながら、介護する母の思いや介護者との関わりも写し出されて、暗くなりそうなテーマだけれど、父の遺言である海洋葬(散骨)の様子は清々しくさえ感じられるものでした。
 上映後のアフタートークで、監督が最初は介護をめぐって母と口論になることもあったけれど、ドキュメンタリー映画にするということで、客観的に状況を見ることができたことが良かったと言っていたのが印象的でした。
 人が亡くなる前には下顎呼吸になるということを聞いていたのですが、それが実際どのような呼吸なのか、この映画にははっきりその様子が映し出されていて、個人的にはそれがとても勉強になりました。

 ②は戦時下に満州へ渡った岐阜県黒川村の満蒙開拓団の女性に起きた「接待」という名の性暴力の実態に迫ったもの。黒川開拓団の人々は、生きて帰るために15人の女性をソ連軍に「接待」という名目で差し出し、助けを求めました。帰国後、女性たちは差別と偏見にさらされて心身ともに深い傷を負ったけれど、その事実は長い間伏せられ、当事者も口を閉ざしていました。でも、戦後70年を過ぎ、女性たちは手をた携えてその事実を語り始め。遺族会の2世たちが碑文というかたちで記録に残す様子が映し出されていました。

 満蒙開拓団について、その背景や実態について知らないことが多く、知るべき歴史や事実がたくさんあることに改めて気づきました。自分の身に起きた忌まわしい出来事を思い出したくないというのが当たりまえだろうと思いますが、それでも、事実をなかったことにはできないし、それを次の世代にも語り継いでいかないといけない、という強い気持ちで語りだした女性。最初は事実を公表したくないと顔を出さなかった女性は、家族に伝わったことにより、孫が「おばあちゃんを誇りに思う」という手紙をくれ、その理解と慈しみの気持ちに頑なな心が溶けたように笑顔が戻ります。
 一度傷つけられた人としての尊厳を回復するのはたやすいことではないけれど、周りの理解や仲間の支えによって少しずつでも穏やかな心を取り戻していく様子を画面を通して観ることができました。そして、戦時下に起きた事実をみんなが少しでも学んで、戦争をしてはいけないという当たり前のことを、心の中に刻んでおくことが大切なのだと、今の世界の情勢を見ても強く思います。

 ③は選挙取材歴25年のフリーライター畠山理仁氏の情熱と苦悩に迫った作品です。候補者全員を取材することを信条に、国政から地方選まで様々な選挙を伝えてきた畠山氏の取材に密着しつつ、睡眠時間も削って、本業の原稿執筆もままならずに困窮し、引退を考えるまで追いつめられる様子が映し出されます。2022年9月の沖縄知事選の取材を最後に引退を考え、取材に臨みますが、そこで出会った熱い想いの候補者や民主主義をあきらめない有権者の姿に、結局今も取材を続けているそうです。
 候補者全員を取材してそれを伝えるという信条がまずすごい。どんな候補の話も聞いて、相手の懐に入っていく様子には、畠山氏の人柄が表れていました。

 畠山氏には『黙殺 報じられない“無頼派独立候補たちの戦い』、『コロナ時代の選挙漫遊記』といった著書があるそうです。読んでみたくなりました。

 いずれの映画にも上映後に監督のアフタートークの時間が設けられていて、映画を撮ることになった動機や撮影の裏話等、興味深い話が語られ、今観たばかりの映画がより面白く感じられました。それもこの映画祭の良いところだと思います。

 3本観てさすがに疲れましたが、帰りがけに駅まで下る坂道の途中で、夕陽がちょうど沈むところに出会い、その横に富士山のシルエットが見えて、癒されました。

 

2025年を振り返る

2026年1月12日(月)

 

 2025年の大みそか、「今年は正月にコロナに感染したことに始まり、身内の不幸や入院・手術等、大変なことが多かったな」と振り返っていたところ、川越の病院から電話が入り、被後見人が急逝されたとの報が。年越しそばの用意をしていたのを途中で放り出して病院へ駆けつけました。すぐに来られる親族はいないということで、当直医の死亡診断に立会い、葬儀社の手配をして病院にお迎えに来てもらい、お見送りをして病院を後にした時にはもう2025年も残り僅か。これも2025年の締めくくりに相応しいというのか・・・。最後の最後まで慌ただしい年となりました。

 

 11月にも被補助人がお亡くなりになったのですが、この方は近しいご親族がいらっしゃらないので、火葬は私1人が立会い、ご遺骨は私の関係先でお預かりしていました。ご親族のお墓が群馬県渋川市のお寺にあることはわかっていたので、12月の後半にお寺の永代供養墓にご遺骨を持って行き、納骨していただきました。

 

 一方で、楽しいこともたくさんありました。孫を含めた娘たち家族と、大阪万博やUSJ、ディズニーランドにも行きました。秋には千葉の一棟貸しの家に3家族が集まって、プールで遊んだり、バーベキューを楽しんだり。高校の同級生女子(おばさん?)6人でもディズニーランドを朝から晩まで遊びつくしました。

 

 仕事やNPO活動も次から次へとやらなくてはいけないことが出てくるような感じがしていますが、一つひとつのことに一生懸命取り組んでいれば、きっとうれしいこともあると信じて、2026年も目の前のことに真摯に向き合っていきたいと思っています。

 

 皆さまにとっても2026年が穏やかで良い1年となりますよう願っています。2026年1月12日(月)

 

 

練馬終活フェスタ2025(2)

2025年10月19日(日)

 10月12日(日)に練馬駅近くのココネリホールで開催された「ねりま終活フェスタ2025」ですが、午後は舞台で中高校生による終活劇「おばあちゃんの話」が披露されました。茨城県鹿嶋市の訪問診療医細井崇弘氏が、訪問診療や延命治療について、多くの人に知ってもらいたい、ということで、地元の清真学園の演劇部に働きかけて、脚本はその時の学生さんが作り、終活劇が誕生したそうです。

 祖母と両親、中学1年生になった女の子の一家が。おばあちゃんの延命治療について決断を迫られるお話ですが、同じ場面を、最初はおばあちゃんが延命治療を望まないという希望を、両親には言わず孫にだけ伝えておくというシチュエーションでした。そうすると、実際に延命治療をどうするかの決断を迫られた時にどうなるか。両親は本人もできるだけ生きたいと思っているだろう、と考えて、医師に治療をしてくださいと伝えます。おばあちゃんの願いを思い出した孫が、希望を伝えても、とり合ってもらえません。孫自身も、どうしておばあちゃんが延命治療を望まないと考えたのかわからなくて、強くは言えませんでした。 

そこで一旦医師の解説が入ります。延命治療を含めた自分の医療や介護についての希望を家族や医療関係者と繰り返し話し合いをする人生会議についての簡単な説明があり、どのようにすると、自分の望む最期が迎えられるのか、見てみましょう、ということで、再度同じ場面から劇が始まります。2回目は、やはりおばあちゃんが延命治療は望まないことを孫にだけ伝えるのですが、孫は、どうしておばあちゃんはそう思うの?みんなで話をしようと語りかけ、家族による人生会議が始まります。そこでおばあちゃんから、自分は家族に迷惑をかけたくない、との想いが伝えられ、みんなでその想いを共有することができたのです。 

そうすると、実際におばあちゃんが最期を迎える時には、家族みんながおばあちゃんの希望を叶える方向で医師にもその想いを伝えて、おばあちゃんは自然のままに穏やかに旅立っていったところで終わりとなりました。最後にも細井医師の解説があり、いわゆる終末期の医療についての事前指示書、というものを書いておくことは大切だけれど、どうして自分がそのように希望するのか、そこにはどんな想いがあるのか、ということが遺される人に伝わるように、話しをすることが大切で、そこに人生会議の意味があります。と話されました。

字で書くとありふれた、中身の薄い話のように感じるかもしれませんが、実際に演劇としてその場面を目撃(?)すると、伝わってくるものがありましたし、細井先生のお話には、なるほどと納得させられました。

 昨年行われた、練馬区の「私の生き方ノート」記入支援セミナーは、今年も開催される予定です。「NPO法人成年後見推進ネットこれから」も講師を務めることになると思いますので、今回の「終活フェスタ」は、自分が講師を務める際の参考になりました。

 ねりま終活フェスタ2025(1)

第5回 ねりま終活フェスタのチラシ

0251012日(日)

 本日、練馬駅すぐの練馬区立 区民・産業プラザのココネリ・ホールで開催された「ねりま終活フェスタ」を見に行ってきました。

 私の所属するNPOは参加していませんが、区内で終活関係の活動をしている「NPO法人楽膳倶楽部」、後見活動をしている「NPO法人のぞみ会」を中心とした「練馬終活協働チーム」が企画運営し、練馬区が後援。「練馬区社会福祉協議会権利擁護センターほっとサポートねりま」、地域包括支援センター、区内の葬儀会社、有料老人ホーム紹介会社等がブースを出して、来場者の相談を受けたり、舞台上では、午前中に杉並区で訪問診療をしている結クリニック院長清水裕智先生による『自分の最期をイメージして、どう生きるかを決める』と題した講演、午後は茨城県鹿嶋市から来た清真学園演劇部の生徒さんによる終活劇『おばあちゃんの話』が医師の細井崇弘先生の解説を交えて披露されました。講演と舞台を観た感想です

 結クリニックの清水医師は、元々病院で消化器外科医として患者さんと接し、その後病院の訪問診療科を経て、家に帰ると元気になる患者さんを多く見てきたことから、ご自身で訪問診療のクリニックを開業されたという経歴をお持ちです。

 清水医師によると、自分の最期の時間を住み慣れた家で過ごしたいと思う人は多いけれど、それができることを高齢者ご本人も、その子ども世代を中心とする家族も知らないので、仕方なく病状が悪くなると病院へという流れになっていると話されました。また、参加者に、老いや病気を敵とみなして、少しでも心配なことがあると病院へ行き、検査をして、薬をもらわないと不安になるような生活と、病院にも行かず、自分の好きなことをして毎日楽しんで暮らすのと、どちらがいいですか?と問いかけられ、病気を敵とみなす人は、最期はその敵に滅ぼされます。片や老いや病気を受け入れて、上手に付き合っていける人は、最期も穏やかに逝くことができます。極端な例ではあるけれど、経験上そういう場合が多いですとも言われました。ただ、病気を敵とみなす人の方が一般的で、自分の好きに生きる人は、特に高齢になると、自分勝手、頑固とも言えるでしょうとの発言には、妙に納得してしまいました。

 また、薬について、高齢の方はたくさんの薬を飲んでいる場合が多いけれど、ほとんどは飲まないほうが元気になります、と断言されたことは衝撃でした。個人的には薬はできるだけ飲みたくないと思っていますが、現役の医師がはっきり公の場でそのような発言をされたことにびっくり!ただ、処方された薬は勝手に止めるのはダメですよ、とは言われていましたが。

 そして、最も共感できた言葉は、自分の人生は自分で責任をもってください、というものでした。誰のものでもない自分の人生、自分勝手と言われようと、最終段階ぐらいは自分の思うように過ごして、自分で責任をとれるようでありたいと、あらためて感じた講演でした。

清水先生の率直なお話は、とても胸に沁みるものでした。ありがとうございました。

 

「終活」に思う ~オレンジカフェアリス広報誌への投稿エッセイ~

 2025年9月14日(日)

 最近「終活」という言葉を聞くことが多くなりました。「終活」とは簡単に言うと、自分の最期の時のために事前に準備しておくことです。以前は「死」について考えることは「縁起でもない」と言われてタブー視されていましたが、今ではメディアでも様々な例や取組みが取り上げられるようになり、「終活」は、積極的に自分の死について考え、準備しておく、そうすることによって、生きている今、そしてこれからをより良いものにしよう、という積極的な意味を持つようになりました。

「終活」とひと言で言っても、具体的にどのようなことがあるのでしょうか?すぐに頭に浮かぶこととしては、①家財整理、②財産に関すること(遺言書の作成等)、③介護や医療の希望、④葬儀やお墓のこと、⑤思い出や写真の整理等、考えると結構やらなくてはいけないことがありそうです。

色々な準備を全部やろうとすると、途中で息切れして、結局進まなくなってしまうので、まず自分の現状を把握することが第一歩ではないかと思っています。自分の持っている物(どこの金融機関にどれだけお金があるのか、不動産はあるのか、保険がどうなっているのか等)と自分の気持ち(この先どこで暮らしたいのか、介護が必要になったら誰に面倒を見てもらいたいのか、延命治療はどうするのか等)の両面から自分のことを把握することによって、今後の生活設計も立てやすくなるでしょうし、まずどこから手をつけたらいいのかもはっきりするかもしれません。

そのような自分の現状把握に役立つものとして、いわゆる「エンディングノート」があります。練馬区でも昨年秋に「私の生き方ノート」というものを無料で区民に配布するようになりました。こういったものを活用して、自分の現状や希望を書き留めておく、そして、それを家族や周りの人に伝えておく、それが大事だと思います。

個人的には、自分の万が一の場合の延命治療の希望については、早目に考えて、望まないのであれば、『回復の見込みがない場合は、心臓マッサージや人工呼吸器といった延命のための治療はしないでほしい』といったことを周りの人に伝えて、書面にも書いておく、それはまずやっておくと良いと思います。今は元気でも、いつ急に脳梗塞や心臓の疾患で倒れるかもしれないですし、事故に遭って意識不明になることだって、ないとは言えません。そんな場合に自分の希望が伝わっていないと、病院に運ばれて、望んでいない延命治療をされることになるかもしれません。いざという時に、自分で意思を表明できなくなったら、代わりに自分のことを決めてくれる人を選んでおくことも重要です。そして、その人には自分の気持ちや希望を予め伝えておくと良いでしょう。

「終活」は、もしもの時に備えるという意味で、「防災」にも似ているように感じます。ただ、災害はやってくるかどうかわからないけれど、人生には必ず終わりが訪れます。小説でも、途中は面白かったのに結末が何だかなぁ・・・とすっきりしないことはありませんか?自分の人生という物語の終わり方については、死ぬまで考え続けないといけないのかなと思ったりするこの頃です。

我家のクリスマス
 

ブッシュドノエル風ケーキ

2025年1月4日(土)                 

 我家のクリスマスは、毎年決まったメニューがあります。鶏の骨付きモモ肉のロースト、コーンスープ、サラダ(どんなサラダになるかはその時によって違います)。そして、クリスマスケーキはマリービスケットの間に生クリームを挟んで重ねたブッシュドノエル風簡単ケーキ。ある時からずっとこれを作っているので、このところクリスマスケーキは買ったことがありません。子ども達もこのケーキが好きで、家を出た今でも、クリスマスに帰ってくることがあると、このケーキを食べたいと言います。何とも安上がりな家族です。

行政や地域とのつながり

2024年7月13日(土)

 このところ公的な会議の委員として参加することが増えました。練馬区の関係では、以前のブログにも書いた練馬区地域福祉計画検討委員会の権利擁護部会員は今年度も拝命して続けることになりました。また、練馬区がこれから作ろうとしている「エンディングノート」の作成委員会にも、NPO法人成年後見推進ネットこれからの理事長として、事務局長と一緒に参加しています。こちらは区としてエンディングノートを作成する際の参考意見を述べるもので、会議は2回だけ開催され、他の地域団体や練馬区社会福祉協議会の権利擁護センターもメンバーに入っています。
 
また、練馬区社会福祉協議会の権利擁護センター運営委員会には今年度から参加させていただくことになりました。

上記はいずれもNPO法人成年後見推進ネットこれからの理事長としての立場ですが、このほかにぱあとなあ東京会員の社会福祉士としては、練馬区社会福祉協議会権利擁護センターが主催する、成年後見についての検討支援会議に、他の社会福祉士と交代で、弁護士、司法書士の先生方と並んでアドバイザーとして参加しています。 

 NPOとしては、これまで練馬区で成年後見を中心とした活動を地道に続けてきたことで、行政や社協とも信頼関係を築けた結果なのだろうと思います。会議等には理事長としてNPOを代表して参加していますが、事務局スタッフ一人ひとりが、それぞれの役割を果たして、「これから」の日頃の活動を支えてくれているからこそ得られた信頼だと思っています。

色々な会議に参加するたびに、自分の考えの及ばないところに他の参加者が気付いたり、深い考えをお持ちであることに感心するばかりで、自分のふがいなさに情けなくなります。それでも、自分の求められる役割を果たせるように、これからも考え続けたいと思っています。

追悼 大切な友人

事務所開所10周年に頂いた胡蝶蘭  園芸担当者の手により毎年花をつけます

2022年の誕生日に届いた花束と

2023年の誕生日

 2024年4月7日(日)

 昨年の5月にある男性が亡くなりました。私にとって友人というのも変な感じがする、不思議な関係のSさんは、色々なことを私に伝え、多くの物を残してくださいました。

 最初の出会いは私が社会福祉士の資格を取るための勉強をしている時、ボランティアで参加したある自治体の社会福祉協議会のお出かけイベントでした。そこに脳血管性認知症で車いすを利用しているお母様と一緒に参加していたのがSさん。タクシーを使った八景島シーパラダイスへのお出かけで、各家族に1名ボランティアが同行してお手伝いをすることになっていたのですが、まだ福祉の勉強途中で、ましてや介護の理論も技術も持ち合わせていない私は、車いすの操作も良くわからず、ただ、お母様を介助するSさんを見ていることしかできませんでした。何のために同行したのだろう、もっと何かできなかったのかなと、お出かけが終わってからもモヤモヤした気持ちが続いたので、そんな率直な気持ちをお手紙に書いて、Sさんに送ることにしました。
 すると、Sさんから「一度うちに遊びにいらっしゃい」とお誘いをいただき、ご自宅に伺ったのがSさんとのお付き合いの始まりになるのでしょうか。お話を伺うと、お父様は何年か前に亡くなり、一軒家のご自宅でお母様を一人で介護しているそうで、もちろんヘルパーさんは入っているけれど、デイサービスには行っておらず、介護についても一人で色々と研究してしっかりした考えを持ってやっていることが感じられました。
   その後は1年に1,2回お家に遊びに行くほかに、クリスマスにカードやちょっとしたプレゼントを贈り合ったり、誕生日にメールのやり取りをしたりということが続きました。遊びに行った時に教えてもらったのが、近くのケーキ屋さんで作っているという「タルトタタン」。Sさんはそれをお母様と「タッタラタン」と言い合って、3人で楽しく美味しく食べました。この「タッタラタン」の例のように、Sさんはとてもユーモアがあって、誕生日プレゼントは前後6か月いつでも受付中とメールに書いてあったり、そのやり取りはとてもほっこりするものでした。私の行政書士開業10周年に蘭を送ってくださったのもSさんです。

 何年かそのような時間が流れた後、お母様の具合が悪くなり、結局病院で亡くなられました。亡くなる少し前に病院にお見舞いに行くことができ、ご葬儀にも参列させていただきました。

 その後も思い出したように遊びに行っていましたが、ある時「しばらく冬眠するので連絡できなくなります」とのメールが。私はあまり深く考えもしないでいましたが、何か月後かに連絡が来た時には、癌になって入院治療していたとのこと。家に戻られてからも抗がん剤治療を続けていらしたようですが、なかなか合う薬がなく、色々と試しているとお聞きしました。

 その後も年1回程度お会いして近況報告し合うような感じでしたが、お亡くなりになる半年前位に、ご自宅近くの病院に仕事で行く用事ができたので、お会いできないかと連絡したところ、わざわざ病院まで迎えに来てくださって、ご自宅でお話ししたのが最後になってしまいました。ご病気のことも詳しいことは知りませんでしたし、よく考えたらご本人のこともほとんど何も知らないまま来てしまいました。
 私の誕生日には、ここ何年か花束を送ってくださって、お亡くなりになった年(2023年)の私の誕生日にも素敵なバラの花束が届きました。

 そして5月のある日、突然Sさんの訪問看護師さんから電話が。「Sさんが危ない状態です。やっと連絡してもいいとご本人がおっしゃったので、電話しました」との言葉に、しばらく状況が呑み込めないでいましたが、これは早く行った方がいい!と、入っていた約束を調整してご自宅に駆けつけたのですが、本当にちょっとの差で最期には間に合いませんでした。聞いたところによると、その前にも入院していたけれど、ご本人の希望でご自宅に帰ってきたところだったそうです。ご本人もこんなに早く逝ってしまうとは思っていなかったようで、これからまだやりたいこと、やらなくてはいけないと考えていたことがあったのだろうと思うと残念でなりません。 

 Sさんはご両親が既にお亡くなりになっているので、親族はご兄弟お一人だけですが、日頃からあまり関係が良くなかったうえに、そのご兄弟も体調が悪く、火葬、埋葬はお付き合いのあったお仲間が中心となって取り仕切ってくださり、私も立ち会わせていただきました。ご本人が亡くなってから初めてお会いした方ばかりでしたが、皆さん温かく輪の中に加えてくださって、私が知らなかったSさんの若い頃のお話なども聞かせていただきました。

 『ご縁』というのは本当に不思議なものだと思います。ちょっとしたきっかけで知り合ったSさん。私がお手紙を出さなければ、その後のお付き合いは無かったでしょうし、Sさんの生き方や考え方から色々と学ぶこともできなかったと思います。何よりユーモアの大切さを教えていただきました。これからも、気になることは自分なりに納得いくまでやって、色々なご縁を大切に、そしてユーモアを忘れずに生きたいと思います。

  このブログはずっと書きたかったのですが、うまくまとめられなくて、今頃公開することになりました。それでも思うようにまとまらず長文になってしまいました( ;∀;)。

もうすぐSさんの1周忌になります。感謝を込めて。

 

講演会「最期まで自分らしく生きる ~在宅医療の可能性と事前指示書の重要性~」 その2

2023年7月25日(火)

 NPO法人成年後見推進ネットこれからが主催した上記の講演会は、7月2日(日)10時~12時 石神井公園区民交流センターで開催されました。講師はその1でお願いすることになった経緯を記した高林克日己先生です。

 当日は日曜日の午前中、暑い中にもかかわらず100名を超す方にご参加いただきました、在宅医療や事前指示書について、あらためて皆さんの関心の高さを実感したところです。

 講演の前半は、日本の人口推移や今後の人口構成予測といった統計的な資料を示して、このままいくと少子高齢化がどんどん御加速して、老々介護や孤独死が増え、病院も満床で医療崩壊が起こることが予想されるので、救命第一という今までの医療に対する考え方を大きく変えなければ未来はないという話をされ、在宅医療へのシフトを提唱されました。高林先生曰く、医療資源や医療費の問題だけではなく、在宅医療がご本人にとって幸せだから勧めるのです、とのこと。在宅医療を受けながら自宅で過ごす患者さんの、穏やかな表情や素敵な笑顔の画像を披露してくださいました。

 後半は、人間の終末期にはどのようなことが起こるか、延命治療にはどのようなものがあり、自分の終末期の希望を書いておく事前指示書がないとどうなるのかというお話があり、事前指示書の重要性を説明されました。参加者にお配りした資料には、高林先生が提案される事前指示書も付けておきました。

 そして最後には、患者さんたちを連れて欧州旅行をした時(今までに21回も行かれているそうです!)の画像を映して、いきがいがあると人生は楽しく生きられることを強調され、「皆さんも楽しく生き抜きましょう」と締めくくられました。

 終了後に回収したアンケートには83名の方から回答をいただき、「このようなお話が聞きたかった」とか「帰ったら早速事前指示書を書こうと思います」といった声が多く見られました。

 お忙しい中で練馬にお越しくださって、貴重なお話をしていただいた高林先生には感謝の気持ちでいっぱいです。私は講演会の時に初めてお会いしたのですが、とても素敵な方で、もっと色々とお話を伺いたいと思いました。

 

↑ 講演会の様子   ↓ 高林先生

NPO「これから」の講演会
「最期まで自分らしく生きる ~在宅医療の可能性と事前指示書の重要性~」 その1

2023年7月18日(火)

 NPO法人成年後見推進ネットこれからの今年度のメインイベントである講演会が、7月2日(日)午前中に石神井公園区民交流センターで開催されました。
 講師には「高齢者終末医療 最良の選択」の著者であり、松戸市の医療法人社団鼎会 三和病院顧問である医師の高林克日己氏をお迎えして、100名を超える参加者の皆さまが熱心に耳を傾けてくださいました。

 当日参加者にお配りした資料に、理事長としてのご挨拶文をつけたのですが、そこから抜粋したものを載せたいと思います。

 『…本日の講師である高林先生は、現在は松戸市の三和病院にお勤めで、ご自身が在宅医療にも関わって、地域に根差した医療を実践されているお医者様です。そのような高林先生を講師としてお迎えすることになった経緯を、ここで少しお伝えしたいと思います。
 私はNPOの活動を通して、また個人的にも成年後見人の活動を通して、支援している方の医療や看取りにも関わることが多く、また自分の家族や自分自身も最後の時をどうしたら自分らしく穏やかに過すことができるのか、いわゆる終末期の医療や介護の在り方について関心を持つようになりました。そんな時に出会ったのが高林克日己先生が書かれた『高齢者終末医療 最良の選択 ~その基礎知識と生き方のヒント~』(2016年 扶桑社)という本でした。それだけであれば、そのような書籍を出版されるようなお医者様、しかも千葉の病院の先生にご講演をお願いしようとは思わないのですが、そこに不思議なご縁がありました。
 後日、私の卒業した高校の同窓会誌を読んでいたところ、同窓会の記念講演で、卒業生であるお医者様が「最期まで自分らしく生きる」というタイトルでお話された内容をまとめたものが掲載されていました。そのご講演をされたのが高林先生だったのです。
 珍しいお名前なのできがつきましたが、そうでなければそのままになっていたかもしれません。そこにもご縁を感じてしまった私は、ぜひ「これから」の講演会でもお話をしていただきたいと熱望し、単に同じ高校の卒業生であるというだけの伝手を使って、厚かましくも先生にお手紙を書き、病院宛に講演の依頼書をお送りしました。
 ダメで元々の気持ちでしたが、直ぐにメールでおのお返事を頂戴し、しかも講演についても「いいですよ」と快諾していただきました。この時は、本当に「願いは通じるのだな」と感激したことを覚えています。それが2019年の秋ごろのこと。その後、新型コロナウィルスの感染拡大が顕著になり、せっかくの高林先生の講演会も残念ながら中止の判断をせざるを得なくなりました。
 それから2年たった2022年の秋。コロナの感染も少しずつ収まり、大勢の人が集まるイベントも開催可能になったのを機に、あらためて高林先生にご講演をお願いしたところ、今回も快くお引き受けいただいて、ようやく本日を迎えることができました。

 先生の今回のご講演のテーマは、私ども「これから」としても、個人としてもじっくり考えなくてはいけないこと、そして悩みつづけなくてはいけない大事なことだと思っていますので、本日は皆さまと一緒に学ばせていただきたいと考えております。
 そして、参加してくださった皆さまにとっても本日の講演が、ご自身やご家族、支援する方々のこれからを考えるうえでの一助となることを願いつつ、ご挨拶とさせていただきます。2023年7月2日』

オレンジカフェアリスと関根奈々さんのコラボ展

2023年5月31日(水)

 光が丘のNPOむすびでやっているオレンジカフェアリスは、5/12-14の3日間、練馬駅すぐの練馬区立区民・産業プラザ(ココネリ)にある産業イベントコーナーにおいて、関根奈々さんとのコラボ展を開催しました。

 奈々さんは知的障害がありますが、独特のイラスト的な絵を描いて、展覧会で入賞したこともあります。その奈々さんの作品の展示と、関連グッズの販売をする一方、アリスに参加している方が作った作品の展示・販売や、水引アクセサリーのワークショップも行いました。
 中には95歳の方が丁寧に作って袋物もあり、93歳の方はお得意の布草履をコツコツ作って出品してくださいました。亡くなった奥様の絵を出してくださった方もいて、会場に花を添えてくださいました。
 当日はアリスの参加者が交代で受付や販売員を務めながら、自分たちも楽しみました。スタッフも含めると1日平均100人以上の来場者があり、初めての試みとしては良かったのではないかと思います。

 今回の企画は、アリスのリーダーが関根奈々さんのお母様と知り合いだったというご縁で、アリスとして奈々さんを応援したいという気持ちから企画されたものですが、アリスは高齢の方だけでなく、障害のある方も子どもたちも、誰もが安心して生活できる地域を目指す、インクルーシブな活動をしていることを発信する機会にもなったと思います。

 また、コラボ展を訪れてくださった福祉事務所の所長さんに、アリスで福祉事務所についてお話をしていただけないかと直談判(?)したところ、週明けすぐにご連絡をいただき、高齢者支援課かの方がアリスを見学に来てくださいました。また、コラボ展の隣のホールで「看護の日」というイベントをやっていたのを覗いてみた際には、地域の在宅看護の事業所さんにもアリスでのお話をお願いしたところ、こちらもすぐに連絡をいただき、近いうちにアリスに来てくださることになりました。これにはこちらからお願いしてみたものの、その反応の速さにこちらのほうがびっくりしてしまいました。なんとありがたいことでしょう!

 

コラボ展の隣に朝ドラ「らんまん」の主人公のモデルとなった牧野富太郎博士がいたので、一緒にパチリ!

2012.5.21(月)

 ある会合で、私の地元にある「小規模多機能型居宅介護事業所」(以下小規模多機能型と略)「たがらの家」を運営している方のお話と、介護保険上のデイサービスにそのまま自費で宿泊できるという、いわゆる「お泊りデイ」の職員の方からの現状報告を聞く機会がありました。
 小規模多機能型の詳しい事業の説明をここでしても仕方がないので置いておきますが、地域での在宅生活を支える担い手として登場したにもかかわらず、実際にはなかなか事業所も利用者も増えないという現状があるようです。端的に言うと、運営や利用者確保が大変な割に、利益を上げることが難しいことが原因と言われています。
 そんな中で「たがらの家」は、代表である青木さんがもともと経営やマネジメントの勉強をされたということもあり、マネジメントの視点を大事にしながら、丁寧なアセスメントを行って、利用者を家族とともに支援する姿勢を貫いていることが健全な経営に繋がっているのだろうなと感じました。

 一方「お泊りデイ」については、狭い民家を利用して、バリアフリーでもなく、トイレや入浴設備も十分でない様子、デイサービス事業の指定要件でもある看護師が名前だけで、実質いないという状況、職員が疑問や改善を提案しても聞き入れてもらえずに、その職員の処遇にも厳しいものがある等々、利用者ご本人のことを考えると、聞いているうちに辛くなるようなお話しばかりでした。
 ただでさえ介護保険の事業所が利用者を集めるのが困難な状況の中、そんなひどい事業所でもなぜ利用者が集まるのか、参入するところがかえって増えているのはなぜ?と当然の疑問が湧いてきます。もちろん全ての「お泊りデイ」がひどい環境とは限りませんし、良心的にやっているところもあるでしょう。
 結局それはニーズがあるから、ということになります。認知症で在宅介護が難しくなったとしても、施設は何百人待ち等ですぐに入ることができないのが現実。そんな中ではデイサービスで、そのままずっと預かってもらえるということなら、たとえ費用が多少かかったとしても、家で看ることが難しい家族としては利用せざるを得ないということなのかもしれません。
 それについて小規模多機能型の青木さんは、そういう施設がある現状はよくわかっているし、家族がご本人をそういうところに預けているのを一概に責めることはできない。それよりもケアマネージャーが、劣悪な施設の状況を知っているはずなのに、それをプランに入れてしまうことのほうが問題ではないか、とおっしゃっていたのが印象的でした。

 介護や福祉の世界は、サービスを提供するのもされる側も「人」が中心にあって、大事にされるべきだと思います。いい仕事(介護)を提供する人がきちんと評価されないようでは、利用者にとってもいい介護を受けられないという悪循環になってしまいます。 法律や制度で改善されるのが一番ですが、今の制度の中でも、どうしたら利用者、介護者ともに安心して生活できるのか、関わる人それぞれが少しでも考えながら実践を重ねて、いずれ制度を動かしてやるぐらいの気持ちが必要なのかもしれません。

2012.4.23(月)

 昨日(4/22)石神井公園とその周辺で「第25回照姫まつり」が開催されました。そこに東京都行政書士会練馬支部として参加し、無料相談会を行いました。

 戦国時代に石神井城主だった豊島泰経の娘、照姫がおまつりの主人公で、毎年公募により選ばれた人が豊島泰経、奥方、照姫に扮して公園からその周辺を練り歩き、最後には公園の野外ステージでパフォーマンスを繰り広げるのですが、公園内では数々のテントが並び、地元のグループや作業所等による手作りの品や、地方の物産が販売され、各種団体が自分たちの活動をPRしていました。 東京都行政書士会練馬支部としては、無料相談会を行うことによって、行政書士の仕事を皆さまに知っていただくとともに、日頃困っていることのご相談に応じて、少しでも地域の皆さまのお役にたてたら、ということで参加しています。昨日は私自身は午前中しか参加できませんでしたが、寒空の下、たくさんの方にテントを訪れていただき、ありがとうございました。

 10月には練馬総合グラウンドを中心とした会場で「練馬まつり」が開催されますが、そこでも行政書士による無料相談会を行う予定になっています。

2012.4.3(火)

 先日私事で仙台へ行ってきました。目的は二つ。娘の参加するオーケストラのコンサートを聴きに行くことと、仙台在住の知人に会うことです。結局私が娘のコンサートを聴きに行くと言ったら、その知人も一緒に聴きに来てくださったので、一度に目的を果たすことができました。
 娘のほうは1週間仙台郊外の温泉地で合宿をして本番を迎えるということだったので、私は本番の前日に仙台へ行き、松島、塩釜まで足を伸ばしてきました。
 仙台も東北大震災の被災地ですから、どうなのだろうと心配でしたが、仙台駅付近は震災の影響はほとんど感じられませんでした。松島は海沿いなのでもちろん津波が襲ってきたところで、観光案内所にも震災後の様子の写真が掲示されていたり、「ここまで津波がきました」という表示が背丈よりも高いところにあったりして、確かにここも大変だったんだ、ということが伝わってきましたが、松島湾に島が点在する地形で津波も最も高く押し寄せた地域よりは被害が少なかったようですし、観光地だということもあり、観光施設についてはかなり復興していました。湾内の遊覧船も今は運航していました。
 仙台は伊達家ゆかりの地なので、伊達家の菩提寺や「みちのく伊達政宗博物館」を見学。博物館では伊達政宗の生涯を、蝋人形で様々な場面を再現することによってわかりやすく展示しており、私は昔のNHK大河ドラマで渡辺謙が独眼竜政宗を演じていたのが印象に残っているぐらいで、実際にどういう人間だったのか、何を成し遂げた武将だったのかよく知らなかったのですが、ここをじっくり見て、大体のことがわかって、とても面白かったです。政宗の骨格等から再現した本人の声がテープで流れていたり、現代の技術ではそんなこともできるんだな、と感動しました。

 その後松島湾の遊覧船で湾内の島々や海の景色を眺めつつ塩釜に渡りました。塩釜神社にお参りしてから、最後はひとりでお寿司屋さんに入り、東京ではとても頼めない新鮮でおいしいお寿司を堪能いたしました。これも旅の楽しみ、ちょっとぐらいの贅沢は今後の活力の素ですよね。

 そのお寿司屋さんの大将に震災後の様子を伺ったところ、お店等の見た目は前と変わりなっくなったけれど、配管等の見えない部分はまだまだ元に戻っていない。これからお客さんにたくさん来てもらわないと…と話をしてくださったのが印象に残りました。

2012.3.30(金)

 私にとって春の訪れを感じさせてくれるもののひとつに、沈丁花の香りがあります。団地の中やちょっとした路地を歩いているときに、あの独特の香りが漂ってくると、「ああ、今年も春が来たんだな」と感じます。いつもは3月の初め頃からそんな場面に遭遇するのですが、今年は寒さが長引いたせいか、3月も末のここへきてようやくお天気の良いときに外を歩くと、沈丁花の春の香りが鼻をくすぐるようになりました。桜の開花も平年に比べるとだいぶ遅れているようですが、4月に入って、暖かい日が続くと、きっと一斉に花たちが咲きだすことでしょう。その頃には入学式や新しい職場等で新生活をスタートする人も多いことと思います。春の訪れとともに始まる皆さんの新しい一歩が、希望に満ちたものでありますようにと、願わずにはいられません。

2012.2.29(水)

成年後見制度を利用し、親族が後見人等になっている場合に、管理しているご本人の財産をご本人のためでなく、自分のことで使いこんでしまったり、横領するという事件が起きています。
 そういう背景もあって、家庭裁判所は『成年後見制度支援信託』というものを開始しました。ある程度の財産を持っている方に対して後見の申立てがなされた場合に、まずは第三者の専門家が後見人等になってご本人の財産を整理し、今後の生活についての見通しをたてて、支出計画を作ります。
 そのうえで、親族に後見人をバトンタッチし、日常的に必要なお金は普通預金等にして出し入れし、その他の財産は信託銀行に預けて、裁判所の許可がなければ払戻しできないようにするというものです。
 この制度は、当初昨年の4月から運用開始の予定でしたが、家庭裁判所と信託銀行との間だけで話が進み、弁護士、司法書士、社会福祉士等の専門職団体には何の相談もなかったために、専門職団体から待ったがかかり、開始が遅れていました。それでも結局24年の2月からスタートしたということです。

 大きな金額を勝手に動かせなくなるという点では不正が起こりにくくなるかもしれませんが、必要なお金を出すためには手続きと時間が必要ということになり、ご本人のためにご本人のお金を使いにくくなるというマイナス面も指摘されています。 また、扱う金融機関によっても手数料や運用に違いがありますし、申立ての時点で家庭裁判所が信託の利用を勧めるということなので、例えばご本人の財産がいくら以上等何らかの基準にあてはまる場合に勧められるのか、まだ運用が始まったばかりでもあり、今後の動向を見守っていきたいと思います。

2012.2.5(日)

 先日私の住んでいる団地で、管理組合主催の住民向け餅つき大会が開催されました。私は団地のサロン活動をしているグループの一員として、お手伝いに参加。団地の集会所の外に場所を作って、杵と臼を用意し、40㎏のもち米を蒸してついていきます。餅つきは管理組合の男性を中心に、近所の小学校の父親の会からも助っ人がやってきて、代わる代わるつくのですが、格好も餅をつく音も人様々。力自慢の慣れた人がつくと音もリズミカルで力強く、つき上がったお餅も、本当に「もち肌」の言葉通りの柔らかくなめらかなものになります。 餅を丸めて、餡と黄粉をまぶす役目を分担して担っている女性部隊は、管理組合の役員のほかに、「花のボランティア」やサロン活動参加者の面々。何年もやってきて慣れた手つきの方が新米にコツを伝えながら、おしゃべりも楽しみつつの作業が続きました。途中でつきたてのお餅の誘惑に勝てず、皆で一口ずつお味見しましたが、柔らかで本当においしいこと! いくらでも食べられそうでした…。

 居住者には前もってお餅の無料券が配られて、集会所に取りにきた方に券と引き換えにお餅を渡すシステムですが、希望者には1パック100円で追加もOKです。時間になると三々五々住民がお餅を取りに来て、1人で何パックも持ち帰る方もいました。参加者の中からは「せっかく皆がお餅を取りに来るのだから、集会所を開放して、その場で食べられるようにすると、住民同士の交流にもなるのに…」との声もあり、やり方を少し工夫すれば、もっと楽しいイベントにできるかもしれないなぁと感じました。

 また、お餅をついているところに学生か社会人になったばかりぐらいの若者が何人かやってきて、一緒に餅つき体験(?)をしたり、小さなお子さんが小さな杵を持ってお父さんに抱きかかえられて一緒に餅つきしている場面もあり、高齢化が進む団地内で、明るい未来を感じられるひと時でした。

2012.1.16(月)

 第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した中山七里の『さよならドビュッシー』とその続編ともいえる『おやすみラフマニノフ』を続けて読みました。『さよならドビュッシー』は自宅の火事で大やけどをおった音大生遥が、天才ピアニストで音大の先生である岬洋介の特訓を受けてピアノコンクールでの優勝をめざす物語。その中でさらに殺人が起こり、岬洋介が探偵のような推理を展開する。そして結構意外な結末。
 全身大やけどで最初はピアノを数分しか集中して弾けなかった主人公が、いくら特訓を重ねたからといっても、いきなりコンクールに出場というのはどうなのか…とは思いましたが、登場する曲の表現が結構表情豊かで細かく、その曲を知っている人ならイメージしながら読めるのではないかと感じました。
 『おやすみラフマニノフ』のほうは、岬洋介が講師を務める音大でチェロの名器が盗まれた事件を軸に、選抜された学生によるオーケストラの成長物語が展開され、最後は盗難事件がやはり岬洋介の推理によって解決するというもの。
 こちらもオーケストラで演奏される曲の表現に『さよなら〜』同様の工夫が凝らされています。ピアノはソロ演奏が多いのに対し、オーケストラは個々の演奏者が集まってハーモニーを聴かせるものなので、いかに他者とのコミュニケーションを図るかが大事。個々の技量が高くないと集まってもいいものはできないし、かと言って個々のレベルが高くても必ずしもそれだけではいい音楽はできないので、そのあたりのメンバーの成長の過程が私としては面白いと思いました。また、音楽を通じて他の演奏家と深い付き合いができる小説の登場人物たちに、なんとなく嫉妬心にも似た感情を覚えました。

 この2冊、『さよならドビュッシー』のほうが意外性があってミステリーっぽいかなと思いましたが、『おやすみラフマニノフ』は青春物語として楽しめた気がします。

2012.1.8(日)

 新年になって初めてのブログです。

 昨年は色々なことがありました。大変な思いをして、それでも毎日一生懸命に生きている方々がたくさんいらっしゃることと思います。そういうたくさんの方々のことを想いながら、今年は誰にとっても良い1年になることを願っています。

 たまにしか更新されないサイトを根気強く訪れてくださった方には感謝の言葉もありません。
そして、今年はもう少し頻繁に書き込みできるように努力したいと思っています。
 このブログにたまたまたどり着いた方、これも何かのご縁です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

  お正月の食べ過ぎと運動不足で体が重くなった気がします。体と頭を動かさないと!!

2011.12.19(月)
 ここでも何度か紹介している『地域福祉おたすけ隊』のお出かけ企画ですが、12月は国立劇場へ歌舞伎鑑賞に行ってきました。
 どこへお出かけするかの企画会議の際に、最初は両国界隈が候補に挙がり、ガイドマップを見て検討していたところ、大相撲時津風部屋の近くに吉良邸跡があるのを発見。吉良上野介とくれば、この時期「忠臣蔵」でしょうと話が発展したそうで、私が会議に遅れて参加したときには、12月のお出かけは歌舞伎の
「忠臣蔵」を観に行こう、ということに決定していました。
 個人的には歌舞伎を観たことがなく、なんとなく“高級”なイメージがあったのですが、座席の場所によっては思ったよりも高くないということで、昼食代も含めて6000円で行かれることになりました。
 お出かけ企画を始めたころは、出掛けた先の昼食も、なるべくお金がかからないようにと考えていました。もちろん安くておいしいが一番なのですが、スタッフが500円程度のうどんやカレーを頼んでいる横で、参加者の皆さんは豪華なお食事を召し上がっているという場面が何度もありましたので、せっかくのお出かけの機会だから、安いよりもおいしく楽しく食べられる、ということを重視したほうがいいのかなと思うようになりました。
 普段はお一人だったり、なかなか外食もできないという方が多いので、皆さんで一緒に食べる食事は、それだけでもおいしいという声が聞こえてきます。
 それと同じで、歌舞伎もひとりではなかなか劇場に足を運ぶことが難しいので、連れて行ってもらえるなら…という方が多かったようです。スタッフの中には歌舞伎に詳しい人もいますが、私同様今回が初体験という人もいて、中には「実は冥土の土産にと思って…」とぼそっとつぶやいたスタッフもおりました。

 今回のプログラムは『元禄忠臣蔵 五幕十二場』真山青果作 前十編のうち『江戸城の刃傷』『御浜御殿綱豊卿』『大石最後の一日』が上演されました。言葉が難しいこともあって、事前に内容等の知識をちゃんと得ていなかったためにわかりにくい部分も多かったのですが、それでも伝わってくるものはあって、『歌舞伎』の世界のほんのさわりですが、垣間見ることができたように思います。

 ちなみに徳川豊綱卿と大内内蔵助役は人間国宝に認定された中村吉衛門さんでした。

 もうひとつ余談ですが、最後の場面で隣からいきなり「大播磨!(おおはりま)」と掛け声がかかってびっくり。それまで拍手もしないで見ていた学生風の若い男性が発した掛け声だったので、“おお、この人はツウなのか”と認識を新たにしました。そういえばその若者は、プログラムのほかに売店で売っている台本も持っていました。そういう若いファンもいると思うと、歌舞伎界の将来も明るいかもしれないですね。

2011.12.9(金)

 12月に入り、色々なところで忘年会が開かれていることと思います。先日私が参加した忘年会は、介護事業所が貸し出しているちょっとした空間とキッチンをお借りしての鍋パーティーでした。しかも参加者の中にうどん打ちの『師匠(?)』がいて、準備段階に参加できる人は、その人の指導で手打ちうどんを作るという、手作り感いっぱいの楽しい会でした。 

 その中で参加者がひとりずつ挨拶代わりに一言述べる場面がありました。
ただの挨拶では面白くないし、みんな何を話していいか困るだろうと考えた幹事さんは、一言述べるテーマを予め考えて「クジ」をつくっておいてくれました。みんなは「クジ」を引いて当たったテーマに添って話をすることになったのです。
 そこで私が引き当てたテーマは…… “来年こそやってみたいこと”
「う〜ん、来年こそかぁ。毎年 今年こそはと考えることは色々あって、旅行もしたいし、お芝居も色々観たい、家の中ももっと片付けないといけないし…」と頭をよぎったのですが、結局はそれらを全てまとめて、「そのときにやりたいと思ったことはとにかくやってみる」というなんだか具体的でない答えにたどりつきました。

 今までもどちらかというと自分の人生はいつ終わるかわからないから、その時々を精一杯生きたいという気持ち(いつもいつもそんなに頑張って肩肘張ってるわけではないですが…)はありましたが、年齢を重ねて『人生の終わり』がより現実味をおびてくると、明日はないかもしれないという気持ちは強くなります。
 だから、今までは面白そうだから観たいなと思った舞台やコンサートも結構チケットは高いし、時間もなかなかないし、と諦めたことが多かったのですが、これからは、自分の感性で“観たい”とか“聴きたい”と思ったものは、お金も時間も少し無理をしてでも、思い切って行ってみる。行きたいと思ったところがあったら、行ってみる。仕事についてもできることは先送りにしないで、その時にきちんとやっておくことを
心がけたいと思います。

 ただ、今までも割とその時々の気持ちに流されて過ごしてきたら、色々と計画性のない、行き当たりばったりの人生になってしまったかもしれない…と思うところもあって、なかなか難しいというのが本音です。

 まあ、毎年同じようなことは考えているので、本当に「来年こそは!」ですね。

2011.11.28(月)

 成年後見制度を利用しようとする場合、制度の利用が必要になったご本人に、後見人等を付けてくださいと家庭裁判所に申請することを申立て(もうしたて)と言い、申請する人は申立人となります。

 申立てに必要な添付書類にご本人の戸籍謄本と住民票があります。ご本人に親族がいる場合は親族が申立人になる場合が多いのですが、ご本人は自分で戸籍類を取りに行ける状況にないことがほとんどです。 同居している親や子どもでしたら、本人確認書類を持参して窓口に行けば入手可能ですが、直系血族がいなくて甥姪やいとこが申立人になって、ご本人の戸籍類を入手しようとする場合。「本人の自筆による委任状を持ってきてください」と言われて戸籍を入手できなくて困ったという話をよく聞きます。

 「成年後見の申立てに必要なんです。本人が委任状が書けないから成年後見制度を利用しようと思っているのに…」と説明しても、なかなか理解してもらえないことが多いようです。または、「それでは裁判所に出すという証明を持ってきてください」と言われた方もいます。

 それについて、先日練馬区光が丘の区民出張所の担当の方に、話を伺ってみました。
練馬区の場合も親、子、配偶者であれば問題なく戸籍を請求できますし、弁護士や司法書士の専門家も職務上の請求であれば入手が可能です。(行政書士や社会福祉士は成年後見制度の申請については代理で行うことはできません。あくまで申立人の相談に応じ、お手伝いをすることはできます。)
 それ以外の人はたとえ甥姪やいとこといった親族であっても、あくまで本人や配偶者、子どもといった請求権のある人の委任を受けたというかたちでないと入手できないそうです。他に親族がいなくてご本人が委任状を書ける状態でないから成年後見制度が必要になっているのに…と思いますが、原則はそうなっているとのこと。ただ、練馬区ではご本人が委任状を書けない場合は、『書写不能の証明』という書類を出して、どうして委任状を書けないかということと、戸籍の請求に関して迷惑はかけません。ということを明確にしたうえで、代理人が委任状を書いて請求するということで申請に応じているとのことです。

 それでなければ、成年後見の申立てに必要ということを証明するために、家庭裁判所に提出する申立て書類(記入したもの)を持ってきてくださいとも言われました。

 本人でない者が戸籍を入手する場合、あまり簡単に取れてしまうのも不安ですが、親でも子でもない親族がご本人のために申立てをしようとするのに、必要な書類がなかなか入手できないのでは、大変さばかりを感じて、それならそんなに面倒なことはしたくないと思ってしまうのではないかな、と危惧します。

2011.11.25(金)

 前回書き込みをしてから、いつの間にか4か月も過ぎてしまいました。何度も書かなくちゃと思いながら、書きたいことも色々あったのですが、結局そのまま今日まできてしまいました。ほぼ毎日関わっていた仕事が一段落したこともあり、これからは本当にもっとまめに、気軽に書いていきたいと思っています。

 練馬区社会福祉協議会の権利擁護センター『ほっとサポートねりま』は練馬区の成年後見制度推進機関となっており、成年後見制度の啓発普及活動も行っています。昨年は「演劇で知る成年後見制度」ということで、劇団「響王(ひびきんぐ)」とともに脚本から作り上げた演劇を上演したことはこのコラムにも書きました。

 その『ほっとサポートねりま』が今年は練馬区消費生活センターとの協働で、「認知症になっても 悪質商法にあっても 安心して暮らすために」という少々長いタイトルの演劇を、昨年と同じ「響王」の協力を得て上演し、その後には高齢者の消費トラブルと成年後見制度についての解説もするというイベントを開催しました。

 今回の演劇は、高齢者だけでなく家族みんなが悪質商法に引っかかってしまうという内容で、これでもかというぐらいに今問題となっている悪質商法が出てきます。布団の訪問販売、家の点検やリフォーム詐欺、一か所に集められて周りのさくらに煽られて高額商品を契約してしまう、いわゆるSF(催眠)商法、念の入った投資商法等々、わかりやすく少々誇張されていますが、とても巧妙だということがよくわかります。一人暮らしでさびしい思いをしている高齢者の方が、訪問してやさしく話を聴いてくれる業者に心を許してしまうことも、わかるような気がしてしまいます。

 家族がいても地理的に遠かったり、働き盛りの世代では忙しかったりで、なかなか親の様子を見に行くことは難しい場合もあるかと思います。家族が電話すると変わりなく応対していたので大丈夫だと思っていたら、実は悪質商法に引っかかっていたとか、家の中が散らかって金銭管理も難しくなっていたとか、そのような話をこのところ何件か続けて見聞きしました。親御さんにしてみれば、子ども達には迷惑をかけたくないという気持ちが強いのだと思います。訪問できる距離ならば、時々様子を見に行くとか、遠隔地であれば、借家であれば大家さんにお願いしておくとか、地域の民生委員さんや地域包括支援センター(行政)と連絡をとっておくとか、何かしら周りの社会資源とつながりを持っておくと、いざというときに慌てないですむかもしれないですね。

 とにかく、「響王」の演劇は楽しくて笑いながらも心にジンとくるものもあって、とてもよかったです。後半の消費者トラブルと成年後見制度についての解説もわかりやすくて、困ったときには「消費生活センター」や「ほっとサポートねりま」に相談すればいいんだなということも、皆さんに認識していただけたのではないかと思います。

2011.7.24(日)

 購読している新聞の折り込みチラシに、ある劇団の公演についてのお知らせが入っていました。そのチラシは地域の販売所で手作りしたと思われる素朴なものでしたが、「門出食堂」というタイトルの公演の案内とともに、「団長の独り言」という劇団ふぁんハウス代表平野恒雄さんの文章が紹介されていました。
 そこには公演にむけての稽古の様子や、今回の公演にかける想いが綴られており、それまでの経緯はよくわからないながらも、その劇団が障害を持った方もともに活動しているということ、今回の震災で稽古ができなかったときもあったけれど、こういうときだからこそ『元気』や『勇気』、『夢』や『希望』をテーマにした今回のお芝居が必要になる!との想いでやってきた、ということが伝わってきました。
なんとなく気になって、そのチラシをとってはおいたのですが、しばらくは日々の雑事に追われて、劇団について調べることもせず、公演のことを忘れていました。
 「門出食堂」の公演は7/22(金)〜24(日)。中日である昨日、「そういえば、昨日から始まっているんだな」と急に思い出し、観に行くなら今日か明日…と考えているうちにも時間が過ぎ、昼食を食べている間も少し迷っていたのですが、「行かれるなら行くしかない」と決断し、「ちょっと行ってくるね」と家族に声をかけながら、支度もそこそこに家を出ました。そこは決めたら早い私です!!

 公演の場所は赤坂区民センター。開場時間の13時半にはそこに到着して、当日券で入場していました。  障害がある方も出演しているということもあって、車いすの方やガイドヘルパーを伴った視覚障害の方の姿も多く見られました。

   新宿の街はずれにある「門出食堂」に集う、年齢や置かれている環境も様々な人々の『夢』と『挫折』を描きながら、平凡な日常がどんなに大切かということを思い出させてくれる、そして最後は『希望』へとつながる内容。
 こうやって書いてしまうと、ありふれた「人情芝居」という感じですが、その中にも「アルコール依存症」やリストラ、若年性認知症の母親の介護、人生の途中で障害を抱えることになってしまった等々、それぞれが今の社会で問題になっている困難を抱えているというところも、観る側が自分を重ね合わせて共感を覚えるところなのかもしれません。
 笑っているうちにホロッと泣けて、最後には希望が持てるという、観ていて元気になれるお芝居でした。ぎりぎりまで迷って、それでも思い切って観に行ってよかった!
歳だからと『夢』をあきらめることはないし、追い求めていればいつかは叶うもの…というより自分で叶えるものだというメッセージが伝わってきて、先日の「なでしこジャパン」のことも思い起こされ、勇気をもらいました。

 もうひとつ、この舞台の音楽は、舞台袖で生の電子ピアノを演奏していて、それがまたとてもよかったです。演奏者は視覚障害の方のようでした。

 
 やっぱり気になるものは自分の目で見て、耳で聴いて、実際に確かめないと!
一期一会の言葉どおり、一つひとつの出会いを大事にしたいとあらためて思いました。
ある程度の年齢になってくると、『この次』はもうないかもしれないですから。 

2011.5.4(祝・水)

 前回音楽についてということで書きましたが、今回も音楽関係で……。

 私ぐらいの年代になると、学生時代の同窓会が「卒業何周年」ということで開催されることが多くなるようです。私の場合もこの5年間ぐらいで、中学、高校の同窓会、大学の部活の同期会が開かれて、それこそ卒業以来という人とも再会する機会がありました。その中で、小中学校時代の友達と高校3年のときのクラスメイトにずっと音楽活動を続けている人がいることがわかり、同窓会をきっかけに彼らのライブに顔を出すようになりました。

 

 そんな二人を紹介させていただきたいと思います。それぞれにホームページをお持ちなので、プロフィールや活動の詳細はそちらを確認してみてください。

  ☆山石敬之さん (高校3年のときのクラスメイト)
  http://www10.big.jp/~t-town/Y'sFactory/
   

 彼に言わせると「高校時代のことはよく覚えてないんだよね」ということで、クラスの幹事をがっかりさせていましたが、高校1年の終わり頃に開催されたクラス対抗の合唱コンクールの課題曲を作詞作曲し、クラス会では私たちのリクエストでミニライブを行って、その時の曲を披露してくれる一幕もありました。  最初はどんな音楽をやっているのかもわからないままにライブハウスを訪れたので、行ってみて場違いな雰囲気だったらどうしようかとドキドキしましたが、周りのお客さんはそんなに若すぎることもなく(失礼!)、違和感なくその場を楽しむことができました。歌った曲もとても心に響くものが多く、ピアノは元々うまい人だと思っていましたが、その指の動きと力強いタッチにはびっくり。彼のCDを買って帰って家でもずっと聴いていたら、しばらくは頭の中で彼の曲が響き続けていました。それからは地方も含めて年に15本前後のライブのうち、3,4回はお邪魔している状況です。

  ☆JILL(ジル)さん (バンド PERSONZのボーカル)
  http://personz.syncl.jp/?page=6&p=diarylist

 小中学校が一緒で、幼ななじみの感覚。そんなに親しかったというわけではないのですが、その頃から色白でとてもかわいい女の子でした。それこそ同窓会のときに音楽活動をしていることを聞きました。PERSONZは結構メジャーなバンドであるにもかかわらず、私はそれまで知りませんでした。何人かの同窓生は、やはり同窓会をきっかけにすでにライブを訪れていたようなのですが、私は最近になって行くようになりました。私と同じ年齢で現役ロッカー。舞台では飛んだり跳ねたり回ったり。「イェーイ」の世界はいつもこちらが元気を貰えます。年々声の音域が高くなるとも言ってました。素晴らしい!!

 何より二人ともずっと現役を続けていることがスゴイと思います。ひとつのことを追求することはなかなか難しい、特にミュージシャンの世界は浮き沈みが激しいだろうし、ファンの心をずっと捉えて離さないためには、常に努力が求められると思います。二人とも結構自制した生活をして、健康管理にも気を遣っている様子。さすがにプロだなと感じます。

 この時期にどうしてこの二人のことを話題にしたかということですが……
 3.11の震災後、ちょうど二人ともライブを控えていて、PERSONZは東北ライブを延期したようですが、山石さんは4.8の渋谷での誕生日ライブについて、被災した方々が困難な生活をしていて、東京も節電の動きが強い中、ライブを行ってもいいのだろうかと悩んだそうです。当時の日々の気持ちの揺れや世の中の動きに対する感想等をホームページの掲示板に綴っており、悩んだ末に4.8のライブはやるという決心をしたということだったので、それならますます応援しなくては、と私も参加しました。
 いつもよりもトーク少なめで、それぞれの曲に想いがこもっていることが伝わってくる、それでいてその場にいる人たちが元気をもらえるような、その空間にいられてよかったなと思えるライブでした。震災後に今の状況を思って創った曲(樹形図)も披露されました。いつもなら彼の誕生日ということで、ケーキやプレゼント等お祝いムードがあふれているのですが、その代わりに被災地への義援金の募金箱が置かれていました。また、帰りにはライブに参加した人への山石さんからのお土産ということで、自身の選曲によるCDがプレゼントされました。ライブの最後はそのCDにも入っている、サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」が流れ、あらためてこの曲の持つ力を感じたような気がします。山石さんも、「明日に架ける橋を最後に流したら、みんな持ってかれちゃう気もしたけど、こういうときだから仕方ないよね」と話していました。

 PERSONZのライブは4.17にやはり渋谷のライブハウスで行われ、招待客という扱いをしてもらった我々の仲間は、2階最前列の椅子席から舞台を見ることができましたが、1階席のお客さんは最初から最後まで総立ちのノリノリ。こちらもJILLがトークで震災について心を痛めていることを伝え、舞台にはなんと福島からのお客さんとして、ヒーロー「ダルライザー」が登場。被災地への応援を呼び掛けました。そしてこちらでも物品販売の隣に義援金の募金箱が置かれ、募金した人にはかわいいカンバッチを配っていました。

 

 サザンオールスターズの桑田さんを中心にしたミュージシャンが応援ソングを歌ったり、東北に縁のある歌手が被災地へ行って歌ったり、ジャニーズ事務所も大々的に義援金を集めたり、ミュージシャンとして被災した方や地方への支援をしている人はたくさんいます。みんな自分のできることで困難を抱えている人を元気にしたい、笑顔になってほしいという気持ちで活動をしているのだと思います。

 前回も書きましたが、音楽やその他の芸術・文化というものは、被災した方にとってすぐには役に立たないかもしれませんが、必ず音楽や芸術の力が必要になるときがあると思います。そういうときにミュージシャンは力を発揮し、それによって元気をもらった方々からミュージシャンも逆に色々な力をもらって、よりよい音楽、芸術が生まれるような気がします。

 何も芸のない私は、そういう面でも役に立たないと思うと淋しいし申し訳ない気持ちでいっぱいですが、頑張っているミュージシャンを応援することで、間接的に被災地の方々の力に少しでもなれたらいいなと思っているところです。

2011.5.1(日)

 いきなり「音楽について」なんてタイトルになってしまいましたが、私自身は幼い頃にお決まりのピアノを習っていたぐらいで、クラシックに特に詳しいわけでもなく、カラオケも苦手、いまどきの歌(…こういう表現をする時点で古臭いですね…)にもついていけない…。あまり音楽とは縁のない生活をしています。それでも「音楽の力」というものを感じることがあります。

 今朝たまたまテレビ朝日の「題名のない音楽会」を見ていたら、「東日本大震災復興応援 〜今、音楽にできること」いうことで、色々なゲストが演奏や歌で今の日本を元気づけようとしていました。

 ゲストのひとりである さだまさし さんは、阪神淡路大震災のときに家族を亡くした男の子が聴いて元気づけられたというエピソードを披露し、「道化師のソネット」を歌っていました。さださんの曲の中では、もともと私の好きな曲のひとつなのですが、今の状況の中で聴くと、あらためて心に沁みる歌だなと思いました。

 もう1曲、レナード・バーンスタイン作曲による「キャンディード」というオペラのエンディングに参加者全員で歌うという「僕らの畑を耕そう」は、初めて聴いたと思いますが、力強いメロディーにのせた歌詞を見て、すごく印象に残りましたので、番組のホームページにあった解説を載せちゃいます。

 「題名のない音楽会」ホームページ 楽曲紹介より抜粋−
 レナード・バーンスタイン作曲のオペラ「キャンディード」のエンディングを飾る曲です。
数々の苦難にあい、すっかり変わってしまった恋人に再会した主人公が「君は愚かだったし 僕もそうだった。でも 僕らは家を建て 森を拓く そして 僕らの畑を耕すんだ。
だからこそ力を合わせて、何かできることをやろう」と歌います。
オペラの出演者全員で歌うこの歌の歌詞には、新たな門出への思いがあふれています。

  とても今の日本人にふさわしい曲だと思いませんか? オペラ自体の内容はほとんど知らないのですが、少なくとも私自身にとっては力を与えてくれるように感じました。

  被災した方々や地域のために、音楽がすぐには役に立たないかもしれないけれど、時間がたって状況が変わってきたときに、その時々で音楽が必要とされる場面は必ずあるし、その時に必要とされる音楽を届けることが大事、というようなことをさださんはお話ししていました。  疲れたり頑なになった心が音楽によって動かされて癒されたり、思い切りなくことができたり、明日への力をもらえたり、そういう力が音楽にはあるのではないかと思います。

 困難な状況にある方々の心に素敵な音楽が届きますように。

2011.4.12(火)

 東北地方太平洋沖地震から1カ月が過ぎました。ここにも何か書かなくてはと思いつつ、考えがまとまらず、結局何も書き込めないまま今日になってしまいました。

 あの地震の後から、テレビでは津波に襲われた被災地の惨状が伝えられ、避難所で暮らす方たちの生活が映し出されています。しばらくしてからは、大変な中でも助け合いながら前向きに進もうとする被災者の姿や、子どもたちが辛さを胸にしまって明るく日々を過ごしている映像が流れて、見ている私も感情が揺すぶられ、涙腺が緩くなってしまったようです。

 今も家族をすべて失った高校3年生の女の子が「もう泣かない」と決めて、明るく生きようとしている姿を取材した特集をやっていました。「自分が色々な人に勇気づけられたように、自分も誰かを勇気づけられる人になりたい」と笑顔で話している姿に、どうしてそんなに強くいられるのだろうと胸が熱くなりました。

 自分も何かやらなくてはいけないのじゃないか、何ができるのだろうと焦るばかりの日々ですが、現地で役に立つ技術や資格があるわけではなく、体を使って働くほど若さや体力もなく、エンターテイメントや音楽で元気づけることもできない。結局は被災した方やその地域のことを思って、時間が過ぎても忘れることなく考えながら、まずは自分の場所で毎日を大切に生きることしかできないのだろうと思います。あらためて命の大切さとはかなさを感じながら。

 やはりうまく言葉にできない、自分の表現力の乏しさに悲しくなります。

2011.2.15(火)

 先日2月11日に成年後見推進ネット「これから」というNPO法人が主催する『わたしの死生観』というシンポジウムに参加しました。

 父親の独居生活を姉妹3人で支えているケアマネージャー、特養入所者を本人や家族の希望で在宅での看取りに切り替えた相談員、訪問看護の現場で日々奮闘する訪問看護ステーションの所長それぞれによる実践報告の後、それを受けて川村内科クリニック院長の川村直先生から「死について語りましょう」ということでお話しがありました。

 3人の報告はそれぞれとても貴重なお話しでしたが、内容を書いていると長くなるので、今回は省略させていただきます。

 川村先生のお話しの中で「目からウロコ」だったのが、「ピンピンコロリ」は本当に理想なのだろうか?ということです。最期までピンピン元気で、あるときコロリと逝きたい、といういわゆる「ピンピンコロリ」ですが、ちょっと考えると理想的な死に方のように思えますが、この状態で亡くなった場合、本人は何も準備ができずに逝ってしまうわけですから、心残りもあるでしょうし、残された人にとっても心の準備がない中で、喪失感は計り知れないものがあるわけです。  現代の日本では、平均寿命が延びたこともあり、健康で生きられる時間よりも障害を持ちながら生きなくてはいけない期間のほうが、より長くなっていく現実があります。そしてかなりの数の人ががんによって死んでいくということを認識しないといけない、と川村先生は断言されていました。がんに罹っても、痛みのケア(いわゆる緩和ケア)がきちっとできていれば、自分の最期について考え、準備をすることができるとも。

 ……なるほど、そうだな。私自身も「ピンピンコロリ」と逝けたらいいなぁと漠然と考えていましたし、人間いつ死ぬかわからないから、いつ死んでもいいように毎日を生きたい、なんて頭では思っていましたけれど、実際は雑事に追われて慌ただしく毎日が過ぎていくだけ……今のままでは悔いばかりが残ってしまいそうな気がします。せめて自分の死期がわかれば、それなりの準備をすることができるかもしれません。そのためにも、がん等の重篤な病気に罹ったら、きちんと告知を受けたいと思います。

2011.2.6(日)

 時々このコラムでもその活動を紹介している「地域福祉おたすけ隊」と「光が丘地区住民組織連合協議会」が主催する防災講演会が開かれました。今回は『防災のための知識と地域のたすけあい』をテーマに、財団法人市民防災研究所理事の池上三喜子氏が自身の体験や各地の事例を紹介しながら、わかりやすく具体的にお話ししてくださいました。

 火災は警報機を付けたり、火の元に注意するということで火災自身を防ぐことが可能ですが、地震等の災害は発生を防ぐことは難しいので、いかに災害が起こった後の被害を少なくすることができるか、という『減災』の観点が大事というお話しに、なるほどそうだな、と納得。  災害後の助け合いには、日頃の地域のつながりや訓練が大事ということも、わかってはいてもなかなか実践できないものですが、あらためて地域のたすけあいの重要性が実感できました。

 最初に見た映像の中で、震災を経験した人が「今地震が起こって、では皆さん助け合いましょう、といってすぐにできますか?」と問いかけていたのが印象的でした。

 私も日頃の準備が大事ということはわかっていても、実はなかなか実行できないでいるのですが、身近なところからやらなくては、と思いました。非常用リュックは用意しているのですが、中身を点検してみないと……。

 また、被災地等に支援に行く場合の心得や、女性の視点から防災を考えるというお話しも出て、とても参考になりました。

2011.1.30

 今年も行ってきました。葉山の海。 今回はあまり予定を立てずに、なんとなく鎌倉に行ってみようかと思い立ち、横須賀線の鎌倉駅へ降り立ち、歩いて佐助稲荷へ。鎌倉に着いた頃から雲行きが怪しくなり、佐助稲荷で手を合わせていると白いものがチラホラ!? あんなに晴れていたのに! 山の中の祠で見上げると雪が……とても神秘的な気持ちになりました。そのまま山を登って銭洗弁天へ下り、小銭をざるに入れて洗い清めてきました。少しはご利益があるといいのですが……。

 鎌倉駅に戻る途中、素敵な紅茶専門店を見つけました。一度は通り過ぎたものの、なんとなく気になって、思わずドアを開けていました。季節の紅茶とスコーンのセットを頼んで、ゆっくり温かな紅茶を味わうと、体も心もぽかぽかになり、幸せな気分で鎌倉駅へ。

 いつもは京急の新逗子駅からバスに乗るのですが、今回はJRの逗子駅からバスでいよいよ葉山の海へ。黒い雲が山のほうを覆っていて、せっかくここまで来たのに太陽が見られないかと心配したのですが、ちょうど太陽のあるところは雲が切れていて、海岸に出たときも、みるみる白くけぶって、あられのような雪が降り出した砂浜の向こうに太陽が沈む姿が見られるという、なかなか珍しい光景を目の当たりにしました。

 携帯のカメラでその様子を撮ってみたのですが、なかなかそれではあの神秘的な光景は伝わらないので、今回は写真は載せませんが、今年は何か変わったことが起こるかもしれない、なんて予感さえする海でした。それにしても寒かった!!

2010.9.26(日)

 昨日、今日と信州菅平高原で開かれた「菅平スカイライントレイルランレース&アウトドアミーティング」というイベントに参加してきました。『トレイルラン(ニング)』というのは、本当に簡単に言うと山の中を走るということです。

 大学時代に野外生活や登山等、自然の中で過ごした仲間の中で、ご夫婦でランニングをしている人がいます。彼らが本格的トレイルランに挑戦するのを応援がてら、せっかくだから「ビギナーコース(5キロ)」に参加しようと、やはり同じ仲間が呼びかけてくれました。実は私は「トレイルラン」についてよく知らなくて「高原程度のところをランニングするのかな」なんて軽く考えていたので、それなら「菅平へ行けるだけでもいいなぁ」と、呼びかけに応じて参加を決めました。前泊して友人たちと旧交を温められるのも魅力だったし……。

 普段は運動らしい運動をする機会はないので、2年前から近所の体育館のトレーニング室に、時間が取れるときには行くようにしているのですが、このところはそれもままならず、マンションや駅の階段を利用したり、寝る前にストレッチをしたりといった程度のことしかできなくて、それでも、5㎞なら何とかなるかと思っていたのですが、現地へ行ってみると、コース距離がどの種目でも伸びていて、5㎞のはずが7㎞になったとのこと。「そんなぁ!」と言いたい気分でしたが、無理せず完走を目指そうと開き直りました。

 ビギナーコースは前半が普通の道路と山道の登り坂が続き、途中からは稜線に出て、後半は登山道を下るという感じ。  スタートしてすぐに心臓が苦しくなり、足も前へ出なくて、「最初からこれではマズイ!」と思いながら前を見ると、他の人も列になって歩いているので、「それでもいいんだ」と少し安心。必死の山登りの後の下りは、結構調子よく……というより、足が勝手に前に出て行く感じでした。

 なんとかゴールすると、結果は『1時間3分40秒』 ビギナーコースの中では総合38位(女性では8位)。初トレイルにしては結果は上出来…でしょうか。ビギナーコースに参加した応援部隊の仲間3人は、ほぼ同じぐらいのタイムで、みな無事にゴールしました。本命の40キロコースに参加した同級生は6時間弱でゴール、その奥さんは15キロ(実質19キロ)を3時間台で走破。やはり日頃鍛えている人は偉大だと感じさせてくれました。

 私のトレイルラン初挑戦は、体は疲れたけれど、菅平の自然からエネルギーをもらえたので、「これからまた頑張ろう」と、元気になりました。

 今回のイベントについて興味のある方は下記のURLをご覧ください。

 http://www.sugadaira-trail.jp/index.html

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