間に合わなかった遺言書

2012.9.23(日)

 行政書士の立場から、皆さまには元気なうちに、ご自分の意思をはっきり記した遺言書を作っておくことをお勧めしていますが、特にお子さんのいらっしゃらないご夫婦の場合は、ご両親もすでにお亡くなりになっていると兄弟姉妹が法定相続人となり、もしその方も亡くなっていてお子さんがいる場合は、亡くなったご本人の甥姪にまで相続権が移ります。甥姪というと、普段あまり交流がないことが多いでしょうから、遺産分割協議をするのも大変です。そういう場合、『配偶者にすべての財産を相続させる』という遺言書を作っておけば、兄弟姉妹には最低取り分である『遺留分』もありませんので、遺言書のとおりに財産をすべて配偶者に相続させることが可能です。

 ただ、多くの方々が遺言書を作っておいたほうがよいということはわかっていても、なかなか実際に実行に移すまでには至らない、一歩が踏み出せないことが多いようです。

 先日ご相談を受けた事例で、もう少し早くご相談いただければ…ということがあったので、ご紹介します。

 遺言書作成のご相談だったのですが、ご本人はご主人を亡くされてお子さんがいない90歳を超えた女性です。この場合もご本人が亡くなった場合はご兄弟(9人兄弟)が相続人となるのですが、ご本人が90歳を超えているので、ご本人より上の兄弟はすでに亡くなられていて、相続権はその子どもたちに代襲されます。ご本人の下の兄弟姉妹3人は健在で皆さん仲が良く、ご本人の面倒もよくみているようでした。この状態でご本人に万が一のことがあると、甥姪もたくさん登場して、相続人に連絡を取るだけでもひと苦労となることが予想されます。そのため、すぐ下の弟さんが中心になって、「財産がほしいわけではないけれど、このままだと手続きが大変だから、遺言書を作っておいてほしい」ということをご本人にお願いして、ご本人もそれならすぐ下の弟に全部任せるから、というお話にはなっていたようです。ただ、やはりなかなかそれを実行に移せず、ようやく「それでは」とご本人もその気になった矢先にご本人が体調を崩してしまって入院、検査の結果、色々と具合の悪いところが見つかって、そのまま自宅には帰れない状況となってしまいました。

 その時点で私のところにご相談をいただいたのですが、最初にご兄弟からお話を伺った時点では、無理に遺言書を書かせようとしているようには思えませんでしたが、あくまでもご本人の意思を確認しないといけないということと、ご兄弟も入院してからご本人の判断能力が落ちてきていて、時々辻褄の合わないことを言ったりするということを心配されていて、ご本人の判断能力が遺言書作成が可能な程度なのか、ということも確認できないと公正証書遺言はつくれない状況でした。

 いずれにしてもご本人が遺言書を作りたいということと、どのような財産があって、それをどのように分けたいかということをはっきり意思表示できないと遺言書の作成は難しいので、ご本人の入院先に伺ってお話をさせていただきました。医師の診断書があればより確実かと思いますが、入院先の医師は病院で遺言書を作成することは構わないが、病院側には関係がないというスタンスのようでした。

 私がお話を伺った際には、昔の話を何度もしたり、認知症的な感じもありましたが、財産は弟にすべて残して後はお願いしたいとおっしゃったので、私だけでは判断しかねる部分もあり、遺言書の作成能力については、公証人にご本人と面会して判断していただくことにしました。

 幸い公証人の先生が都合を付けてすぐに来てくださったので、私も立ち会って再度遺言書作成についての確認を行いました。最初のうちはやはり「遺言書は作っておいたほうがいいと思います」とはっきりおっしゃっていたのですが、お話をするうちに、ご主人が生きていて昨日も一緒に食事をした、というようなことを口にされ、財産についてもある程度の預金をお持ちのはずなのですが、「たいしてありません」とお答えになるなど、私も聞いていて、「あ〜これは難しいな」と思いました。
 案の定、公証人からは「この状態では無理ですね」と言われ、私も「そのようですね」とお答えするしかありませんでした。

 ご兄弟も半分は難しいだろうと思われていたところもあり、しかも公証人がすぐにご本人に面会して確認してくださったので、「それなら仕方がない」と納得されました。「それにしても、もう少し早くに遺言書を作っておけば・・・。こんなにすぐ本人の判断能力が衰えてしまうとは思っていなかった」と残念そうでした。

 この事例のご兄弟は、日頃からご本人のことを気にして色々と手伝っていたという経緯があり、入院中もご本人の家に泊まりこんで毎日病院に通っていらしたので、悪意があるとは思えませんが、同じようなシチュエーションで、ご本人の意思ではなくて兄弟姉妹が本人に自分たちに有利な遺言書を書かせようとする場合もありがちなので、遺言書はあくまでも本人の意思で、自分の財産をどのようにしたいか、ということがはっきり確認できないと作成のお手伝いもできないということを肝に銘じています。

 遺言書なんてまだ先のこと、と思っている方も多いでしょうが、人生いつ何が起こるかわかりません。特にお子さんがいないご夫婦、再婚している等で家族関係が複雑な方等々、遺言書があることで残された方がもめずにすむこともあります。認知症になってしまうと遺言書は作れません。元気で色々と考えられるうちに、まずは自筆でも構わないので、遺言書を作っておくことをお勧めします。