酒井行政書士事務所

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診断までの道のり(4)メンタル医療の現実

2016.3.6(日)

  紹介していただいたメンタルクリニックは予約制なので、まずは電話で紹介状があることを伝えて予約を取ろうとしました。その時点で、まず「どうして総合病院からこちらに紹介されるのかしら」とちょっと不審そうな様子で、「こちらのクリニックでは身体的な症状が出ても、治療器具はないので対応できませんけれど、それでもいいですか?」と聞かれました。予想外の突き放したような受け答えに「えっ」とひるみ、しかも予約がとれるのは10日以上後しかないと言われて、それこそ心が折れそうになりつつも、なんとか予約はとらなきゃと思って、日時を決めて電話を切ったのです。

 その後も症状はよくなる気配がなく、私自身もメンタルの予約の日まで待つのが不安になってきたので、急きょ地域の病院の精神科のほうで診てもらえないか相談してみました。そして病院の精神科でも予約をとってもらったのです。

 ところが、今度は右の顔面にピリピリした痺れを感じるようになり、これはやはり脳に何か異変があるのではないかと不安が…。今度は急きょ同じ病院の神経内科を予約なしに受診してみることにしました。

 たどり着いた神経内科には医師が1人しかおらず、丁寧な診療をしているせいもあって順番はなかなか回ってきません。具合の悪い体でうずくまるように座っていること3時間近く。ようやく医師の前で今までの経過や症状について話をしたのですが、「脳のMRIまで撮って特に異常がないのだから、もう少し様子を見てみたらどうですか」と、結局ここでも納得いく説明は受けられませんでした。

 そうなると、やはり最後(?)は精神科しかないのかとは思ったものの、地元のクリニックやその病院の精神科を受診する気持ちは萎えてしまい、インターネット等でよさそうなところがないかと調べたりしました。その結果、あまり遠くない大学病院の心療内科で予約を取ろうと電話をしたところ、5月だったにもかかわらず、「今予約をしても診療日は10月になりますがいいですか」とのこと。これにはびっくり。ただ、こちらの病院は「精神科のほうがまだ早く予約が取れるので、必要ならそちらから回してもらうことも可能ですよ」とのアドバイスをしてくれて、結局はその大学病院の精神科で予約をとり、前の病院にはあらためて紹介状を書いてもらって、いよいよ精神科を受診することになりました。

 

 精神科には後見人等として病院に行ったり医師と話をしたことはありますが、自分自身が診察を受けるのは初めての経験で、やはり少し緊張しました。

 担当の医師に今までの経緯を説明して、ストレス的なことについても自分で感じているところを伝えましたが、その時には顔面の痺れがあったので、「痺れという症状が出ているのであれば、先に神経内科で調べてもらったほうがいいでしょう」ということで、精神科の医師は神経内科に予約をとったうえで、軽い抗ウツ薬を処方して様子をみるようにと言ってくださいました。



診断までの道のり(5)神経内科へ

平成28年4月24日(日) 

 ようやく大学病院の神経内科にたどり着いたころには、食事は一時よりは食べられるようになっていましたが、体重はすでに健康だった頃から10kg近く減り、歩くと右に傾いてフラフラな状態。それでも今まで処方された薬はほとんど飲むのを止めてしまっていました。 

 神経内科の医師にまた一から今までの経過を説明したところ、とりあえずひと通り検査をしましょうということで、脳から首のMRI検査をすることになりました。ただ、検査もすぐにできるわけでも、一度にできるわけでもなく、それなりに時間がかかります。結局初回は検査の予約をして帰ることとなりました。 身体症状はその後もよくならず、ふらつきが増すばかり。結局検査の予約日まで待てずに病院へ行き、点滴をしてもらいました。そして、脳と首のMRI検査も早めてもらうことにし、それと並行して腰椎穿刺という背中に針を刺して髄液を採取する検査も行いました。

  MRI画像の所見から最初に告げられたのは、自己免疫疾患のひとつである多発性硬化症の可能性でした。ただ、似たような症状で違う病気もあるので、その検査のために東北大学に血液を送って調べてもらいましょうということになったのです。

  その時の私は、多発性硬化症については病名は知っていましたが、具体的にどのような病気かという知識はほとんどありませんでした。それでも、今までの体の不調の原因がわかりそうだというだけで、少し気持ちが落ち着いたように感じて「やっと」と「やっぱり」というのが正直な気持ちでした。



入院 (1)確定診断

平成28年5月9日(月)

 MRI、腰椎穿刺、血液検査等の総合的な結果を聞きに病院へ行く日がやってきました。忘れもしない2014年の6月24日です。

 診察室に入ると主治医から「東北大学へ依頼していた検査結果が陽性でした。病名はシシンケイセキズイエンといいます」と告げられ視神経脊髄炎″と書いたメモ用紙を渡されました。

 視神経″ということは目に異常があるということ? 少し前に一度だけテレビでサッカーの試合を眺めていたら、ボールや人が二重に見えたことがあったけれど…すぐ元に戻って今は特に目の不調は感じないけれど…となんとなく腑に落ちなかったのですが、私の場合は視神経ではなくてMRIで見ると首の後ろ、つまり脊髄に病変があるということでした。

 さらに先生の次の言葉は「病名がはっきりしたので、すぐに治療をはじめる必要があります。このまま入院してください」という予想しないもので、思わず「一度帰ることはできないのですか」と半ば懇願口調で聞いてしまいました。頭の中には仕事や家のことが次々と浮かんできて、しかも何も準備してこなかったのに…と入院ということに対する不安がどっと押し寄せたのを覚えています。
 そんな私に対して「診断が確定したからには、一刻も早く治療しないと何があるかわからないので…」と医師は優しく、でもきっぱり対応してくださいました。 

 今まで出産以外で入院したことがない私にとっての、初めての病気による入院生活がここから始まることになったのです。



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