ドキュメンタリー映画(『空とコムローイ』『風のなかで』)

2013.9.16(月・祝)

 先日、渋谷アップリンクにてドキュメンタリー映画を2本見てきました。三浦淳子監督『空とコムローイ〜タイ、コンティップ村の子どもたち』と杉並区にある中瀬幼稚園の年長組の子どもたちの1ヶ月間を追った『風のなかで むしのいのち くさのいのち もののいのち』 。どちらも子どもが自然の中で、子ども同士の中で、そしてしっかりした大人の見守りの中で成長していく姿がそのまま映し出されていて、ドキュメンタリーだけれど色々なドラマが詰まっていました。上映後には三浦淳子監督と中瀬幼稚園の井口佳子園長とのトークショーもあり、その中で、『子どもの成長には覚悟を持った大人の存在が大事。今はそういう大人が少なくなったのではないか』との話があり、本当にそうだと思いました。今の子ども達の状況は大人の責任ですもの。自分自身も反省…。

http://www.kazenonakade.com/


http://www.tristellofilms.com/scom.html


http://www.uplink.co.jp/movie/2013/15896

 

認知症サポーター養成講座と地域の見守り活動

2013.8.4(日)

 先日、光が丘区民センターにて「認知症を地域で支える〜認知症サポーター養成講座」に参加しました。認知症の方への声掛けや接し方についての講習の後、光が丘地域の見守りの取組みについても説明がありました。 区内6生協が連携して、安心して暮らせる街づくりを目指す「福祉のまちづくり・練馬」と福祉事務所、高齢者相談センターの主催です。配送や診療で地域に入っている生協が日頃から地域の様子に目を配り、関係者と連携して見守りをするという取り組みはいいなぁと思いました。

 認知症サポーターのことは知っていましたが、今回は区内の6生協と行政、民生児童委員、社会福祉協議会が連携して地域での見守りに取り組むということで、どのようなことをしているのか興味があって参加しました。そこに地域の住民が加わって、地域の人を地域で見守るという体制ができると、少しでも安心して生活できる地域になるのではないでしょうか。

 参加者には認知症サポーターのしるしとして「オレンジリング」が配られました。

高齢者の経済状況と社会保障費の世代内負担

2013.5.19(日)
 
 本日、ねりま社会福祉士会総会に参加してきました。総会後には記念講演として長く練馬区の高齢者福祉に携わり、昨年から田園調布学園大学に転身された今井伸先生による「高齢者の貧困と介護保険における負担の在り方について」のお話がありました。
 
 増大する高齢者の社会保障関連費用を誰が負担するのかという議論のほとんどは、現役世代が支えるという世代間支援の考え方に支配されている。
 一方、高齢者の経済的状況を統計等から検証すると、平均値で語られることの多い「高齢者金持ち論」の実態は、多くの低所得高齢者の存在とともに、高所得高齢者も少なからず存在することを示している。所得の多寡にかかわらず医療や介護の普遍性を担保するためには、現役世代の負担をあてにしないで、高齢者世代内での負担の分かち合いが必要である。
 では、なぜ高齢者にかかる費用を同じ高齢者世代の高所得者に負担させるという施策への転換が進まないか。社会保障の充実を強く願うのはその恩恵を受ける高齢者とその前段階の50歳代であるが、それらの世代は人口も多く、選挙に行く割合も高い。つまり、選挙では彼らの声が大きくなるので、政治家は彼らを向いて仕事をする。高齢者世代内での支援を掲げて立候補したら、負担が増える高齢者層の票は逃げていくので、普遍的な社会保険の構築を目指して高齢者の負担増を訴えることは選挙に負けることを意味する。
 だからといってこのまま施策の転換を行わずにいると、普遍的な制度構築どころか、現役世代に負担を押しつけることで制度破綻を招く。
 今こそ増大する社会保障費の負担の在り方を根本から考え直し、高所得高齢者の負担を増やして、世代内支援を実現すべきとのご意見でした。
 
 制度の転換を図るためには、若者や現役世代が自分たちの将来の希望を託せるような選挙制度にならないといけないのかなという気持ちにもなりました。

30年後も団地で暮らそう

2013.3.2(土)

光が丘で介護事業所をしながら、地域活動にも熱心な「NPOむすび」で、『30年後も団地で暮らそう〜これからの暮らしは自分たちでつくる〜』というイベントがあったので、参加してきました。
千葉大学大学院工学研究科の学生さんが中心になって企画したもので、第一部はそこの教授である小林秀樹氏による『高齢者の置かれている住宅事情&将来像―団地を中心に―』という講演。
第二部が『これから先30年の暮らしについて』と題したワークショップでした。
 ワークショップは参加者を高齢者、若者、子育て世代のグループに分けて(参加者の属性で分けたわけではないです)、それぞれにとって魅力的な地域になるためには、何が必要かといった視点でワイワイと。

 私は若者チームでしたが、団地内にコンビニがない、24Hやっている飲食店があるといいといったことから、空いているUR賃貸マンションのワンフロアを若者に期間限定で安く貸して、ドアにペイントしたり、自由にできる空間として、光が丘の良さを体験してもらえば、その後も住み続けてくれるのではないか。
光が丘のアクセスの良さをアピールして、学生が住みやすい地域にできればいいのでは、等々色々な意見が出ました。
 また、地元の団地を扱って25年という不動産業者の代表の方も参加していて、若者が住みやすい団地になるには、元から住んでいる高齢世代が、若者を受け入れるための体制、意識改革することも必要だと感じているとの話があって、なるほど、と思いました。

 

遺産分割協議のための成年後見制度利用

2013.2.27(水)

 お亡くなりになった方の相続手続きの際に、遺言書がない場合は法定相続人全員での遺産分割協議が必要になります。その際に法定相続人の中に認知症や障がい等で判断能力の不十分な方がいらっしゃる場合は、その方の代理人となる人を決めて、代理人が分割協議に参加して分割協議書に署名押印することになります。つまり、成年後見制度を利用する必要が出てくるわけです。

 もともと後見制度を利用していて、第三者の専門家が後見人等として就いている場合は、その後見人等がご本人の代理でご本人のために分割協議を行えばいいのですが、同じ立場の法定相続人となるご親族が後見人等になっている場合、利益相反と言って、遺産分割協議についてはご本人の代理をできないことになっています。そのため、分割協議を含めた相続に関してだけ『特別代理人』という人を立てて分割協議を行うことになります。『特別代理人』は相続に関係のない遠い親族あたりがなる場合が多いようで、相続手続きが終われば、その役目も終わりになります。

 成年後見制度を利用していないけれど、判断能力が不十分な方が相続人になっている場合、まずは成年後見制度を利用するための申立てをして親族が後見人等となり、それから特別代理人選任の申立てを行うという2段階が必要です。

 先日、まさに上記のような相続案件のご相談があり、親族が候補者となる後見の申立てと同時に特別代理人選任の申立てができるのかどうか、東京家裁の後見センターに問い合わせてみました。

 回答としては、『特別代理人を選任するためには、まず成年後見人等の選任がされていないといけないので、同時にはできない』というものでした。ただ、『後見の申立て時点で、相続が発生しているので、後見監督人を就けてほしいということを伝えてもらえれば、監督人は後見の審判と同時に決められるので、相続に関しては監督人が本人を代理して行えます』というアドバイスもいただきました。

 申立てを2度行わなくてはいけない手間を省けるという面ではいいと思いますが、後見監督人が就くということは、相続手続きが終わっても、ずっと監督人の立場は続き、それに対しては報酬も発生するということになります。それを考えると、多少時間がかかってもよいということであれば、まずは親族がご本人の成年後見人等に就任して、それから相続のためにだけ親類等に『特別代理人』を依頼して分割協議を行うということが、一番合理的なのかもしれません。

コミュニティビジネスA

2012.10.6(土)

 前回コミュニティビジネスについての永沢映さんのお話を聞いて、とってもワクワクしたということを書きましたが、ちょうど永沢さんが代表をしているNPO法人コミュニティビジネス サポートセンターで『コミュニティビジネスアドバイザー(CBA)認定講座』が開催されるというので、そこに参加することにしました。

 コミュニティビジネスアドバイザーはコミュニティビジネスサポートセンターが認定するCBをサポートするために必要な資質を備えた専門家ということで、CBを起業したい、CBで働きたいと希望する方に対して広い視点でサポートし、助言するために、地域のネットワークづくりから事業プランづくりまで、CB独自の視点でアドバイスを行う専門家を養成することが講座の目的となっています。 

 5月から始まって、全6回の講座では、『コミュニティビジネスとは』という基本から、成功と失敗両方の事例、法人格の選び方、地域ネットワークづくりのポイント、補助金・助成金といったことについての知識と、アドバイザーとして相談を受けるための演習を行いました。
 そして、最後の回では総まとめをした後に筆記と演習による認定試験。久しぶりの試験で緊張しましたが、筆記は持ち込み可ということだったので、なんとか記入して終えました。演習の試験では、試験官がCBの相談にやってきた人になって、それぞれ色々な設定で相談を持ちかけるのを、我々が対応するということをしました。意地悪(?)な試験官もいて、対応に苦労した人もいましたが、なんとか終了してあとは結果待ち。

 2週間後に郵送されてきた結果は、一応『コミュニティビジネスアドバイザーとして認定します』というものでした。よかった! ほっと胸をなでおろしたのでした。

 この講座を受けてみて、私にとって一番の収穫は、全国のコミュニティビジネスの実践事例を色々と知ることができたことと、一緒に講座を受講した仲間とはもちろん、Facebookを通じて全国でCBにかかわっているたくさんの方とつながりができたことだと思っています。

 CBアドバイザーの次のステップとして、CBコーディネーターの認定講座もあるのですが、さすがにそちらは今回は受けませんでした。

 今後もCBにかかわる活動をしている全国の先輩方の活躍に刺激を受けながら、地元のCBをサポートしたり、いずれは自分でも何かできたらいいなと考えています。

コミュニティビジネス@

2012.10.4(木)

  コミュニティビジネスという言葉を見聞きしたことのある方は多いと思いますが、実際はどういうことなのか、はっきり説明できる人はそんなにいないかもしれません。私もそういう中の1人だったのですが、今年の3月に東京都行政書士会の研修でコミュニティビジネス(CB)について、考え方や各地の実践事例について、NPO法人 コミュニティビジネスサポートセンターの代表である永沢映先生のお話を伺う機会がありました。

 コミュニティビジネスとは、ひと言で表現すると「地域の課題を、市民がビジネスの手法で解決する事業活動」となるでしょうか。

 地域の抱える課題や問題を解決するためには、効率的で安定的かつ継続性のある活動が必要です。そのためには事業として収益をあげていくことが大切で、そこには「ビジネスの視点や手法」を活用することが欠かせません。

 今の時代、地域・コミュニティが見直され、地域の特性を活かしたまちづくりやお互いに顔が見えて助け合えるコミュニティづくりが言われるようになりました。コミュニティビジネスはそこで生活する地域住民が活動主体となることによって、自己実現や社会貢献を果たすことができる満足感や生きがいを感じることができるので、地域社会全体の活性化にもつながるものです。

 色々と理屈を並べてしまいましたが、私がコミュニティビジネスに興味を持ったのは、永沢先生のお話を聞いて、とてもワクワクして楽しかったからです。全国のコミュニティビジネスの事例をいくつか紹介してくださったのですが、それぞれの地域で、地域の特性に合わせて、そこにある課題を解決するために、色々な人や機関が繋がって、工夫して様々な活動を展開していて、その活動が軌道に乗ると、地域の課題も少しずつ良いほうに向かい、かかわっている人たちが元気になっていく様子が伝わって、本当に『ワクワク』というのが私のそのとき感じた気持ちにぴったりです。

 それで、単純な私は「私もこんな活動にかかわっていきたい」と強く思ってしまったのでした。

間に合わなかった遺言書

2012.9.23(日)

 行政書士の立場から、皆さまには元気なうちに、ご自分の意思をはっきり記した遺言書を作っておくことをお勧めしていますが、特にお子さんのいらっしゃらないご夫婦の場合は、ご両親もすでにお亡くなりになっていると兄弟姉妹が法定相続人となり、もしその方も亡くなっていてお子さんがいる場合は、亡くなったご本人の甥姪にまで相続権が移ります。甥姪というと、普段あまり交流がないことが多いでしょうから、遺産分割協議をするのも大変です。そういう場合、『配偶者にすべての財産を相続させる』という遺言書を作っておけば、兄弟姉妹には最低取り分である『遺留分』もありませんので、遺言書のとおりに財産をすべて配偶者に相続させることが可能です。

 ただ、多くの方々が遺言書を作っておいたほうがよいということはわかっていても、なかなか実際に実行に移すまでには至らない、一歩が踏み出せないことが多いようです。

 先日ご相談を受けた事例で、もう少し早くご相談いただければ…ということがあったので、ご紹介します。

 遺言書作成のご相談だったのですが、ご本人はご主人を亡くされてお子さんがいない90歳を超えた女性です。この場合もご本人が亡くなった場合はご兄弟(9人兄弟)が相続人となるのですが、ご本人が90歳を超えているので、ご本人より上の兄弟はすでに亡くなられていて、相続権はその子どもたちに代襲されます。ご本人の下の兄弟姉妹3人は健在で皆さん仲が良く、ご本人の面倒もよくみているようでした。この状態でご本人に万が一のことがあると、甥姪もたくさん登場して、相続人に連絡を取るだけでもひと苦労となることが予想されます。そのため、すぐ下の弟さんが中心になって、「財産がほしいわけではないけれど、このままだと手続きが大変だから、遺言書を作っておいてほしい」ということをご本人にお願いして、ご本人もそれならすぐ下の弟に全部任せるから、というお話にはなっていたようです。ただ、やはりなかなかそれを実行に移せず、ようやく「それでは」とご本人もその気になった矢先にご本人が体調を崩してしまって入院、検査の結果、色々と具合の悪いところが見つかって、そのまま自宅には帰れない状況となってしまいました。

 その時点で私のところにご相談をいただいたのですが、最初にご兄弟からお話を伺った時点では、無理に遺言書を書かせようとしているようには思えませんでしたが、あくまでもご本人の意思を確認しないといけないということと、ご兄弟も入院してからご本人の判断能力が落ちてきていて、時々辻褄の合わないことを言ったりするということを心配されていて、ご本人の判断能力が遺言書作成が可能な程度なのか、ということも確認できないと公正証書遺言はつくれない状況でした。

 いずれにしてもご本人が遺言書を作りたいということと、どのような財産があって、それをどのように分けたいかということをはっきり意思表示できないと遺言書の作成は難しいので、ご本人の入院先に伺ってお話をさせていただきました。医師の診断書があればより確実かと思いますが、入院先の医師は病院で遺言書を作成することは構わないが、病院側には関係がないというスタンスのようでした。

 私がお話を伺った際には、昔の話を何度もしたり、認知症的な感じもありましたが、財産は弟にすべて残して後はお願いしたいとおっしゃったので、私だけでは判断しかねる部分もあり、遺言書の作成能力については、公証人にご本人と面会して判断していただくことにしました。

 幸い公証人の先生が都合を付けてすぐに来てくださったので、私も立ち会って再度遺言書作成についての確認を行いました。最初のうちはやはり「遺言書は作っておいたほうがいいと思います」とはっきりおっしゃっていたのですが、お話をするうちに、ご主人が生きていて昨日も一緒に食事をした、というようなことを口にされ、財産についてもある程度の預金をお持ちのはずなのですが、「たいしてありません」とお答えになるなど、私も聞いていて、「あ〜これは難しいな」と思いました。
 案の定、公証人からは「この状態では無理ですね」と言われ、私も「そのようですね」とお答えするしかありませんでした。

 ご兄弟も半分は難しいだろうと思われていたところもあり、しかも公証人がすぐにご本人に面会して確認してくださったので、「それなら仕方がない」と納得されました。「それにしても、もう少し早くに遺言書を作っておけば・・・。こんなにすぐ本人の判断能力が衰えてしまうとは思っていなかった」と残念そうでした。

 この事例のご兄弟は、日頃からご本人のことを気にして色々と手伝っていたという経緯があり、入院中もご本人の家に泊まりこんで毎日病院に通っていらしたので、悪意があるとは思えませんが、同じようなシチュエーションで、ご本人の意思ではなくて兄弟姉妹が本人に自分たちに有利な遺言書を書かせようとする場合もありがちなので、遺言書はあくまでも本人の意思で、自分の財産をどのようにしたいか、ということがはっきり確認できないと作成のお手伝いもできないということを肝に銘じています。

 遺言書なんてまだ先のこと、と思っている方も多いでしょうが、人生いつ何が起こるかわかりません。特にお子さんがいないご夫婦、再婚している等で家族関係が複雑な方等々、遺言書があることで残された方がもめずにすむこともあります。認知症になってしまうと遺言書は作れません。元気で色々と考えられるうちに、まずは自筆でも構わないので、遺言書を作っておくことをお勧めします。

 

 

 

地域福祉おたすけ隊のバスツアー2012

2012.9.10(月)

 このコラムに時々登場する『地域福祉おたすけ隊』ですが、普段は「お出かけ企画」として大江戸線を利用して行かれるところを中心に、地域の高齢者の方たちと小旅行を楽しんでいますが、年に1回歳末助け合い募金の助成金を利用して、「大人の社会科見学 食の安全を考える」をテーマに、日帰りバスツアーを行っています。今年は横浜方面ということで、「味の素川崎工場」を見学した後、横浜中華街でランチを食べ、みなとみらい地区に新しくできた「日清カップヌードルミュージアム」に寄って帰ってきました。

 『地域福祉おたすけ隊』のお出かけ企画はだいぶ定着してきて常連さんも増え、お出かけの際に次回の企画を発表すると、すぐもう予約される方もいるぐらいで、今回のバスツアーも一般に広報する前に定員いっぱいとなってしまいました。

 10日ということもあって、道路が混むのではないかと心配しましたが、行きも帰りもとても順調でした。行きは少し遠回りをして、新木場から新しくできた「東京ゲートブリッジ」を通過して川崎方面へ。

 川崎大師近くにある味の素工場は、東京ドーム8個分の敷地面積があり、3000人超の従業員が働いているそうです。工場の入り口すぐのところに京浜急行大師線の『鈴木町駅』があり、これは味の素の創業者である鈴木三郎氏にちなんでつけられたとか。まさに味の素のための駅でした。
 味の素の「うま味」の発見と原料や製造方法等についての説明を受けた後、味噌をお湯で溶いただけのものに「味の素」を加えると味はどう変化するか、ということを実際に体験しました。確かに味にコクが出て、単なる味噌湯に比べておいしくなったと感じます。これが「うま味」なんだ、と実感。

 ほんだしの製造工程を見学して、最後には売店に案内され、賞味期限が近いけれどお得な味の素商品を見ると、つい買ってしまい、皆さんだいぶ荷物を増やしておりました。さすが、商売がうまい。

 その後バスで横浜中華街へ。予約しておいた「酔楼」というお店でランチを楽しみました。中華というと丸テーブルを囲んで皆で取り分けるイメージですが、今回はワンプレートに14種類の中華料理が載って、1人ずつ供されるもので、1人前980円。結構なボリュームでおいしかったです。

 次に行ったのは、みなとみらい21地区にちょうど1年前に開館した「日清カップヌードルミュージアム」です。ここの目玉は「 マイカップヌードルファクトリー」といって、世界でひとつだけのオリジナル「カップヌードル」を作ることができる工房ですが、さすがにここに50人の団体は参加できないので、我々は館内を見学するだけでした。上階には横浜港を見渡すテラスもあって、景色を眺めるだけでも気分爽快。若い人や小さいお子さん連れも多くて、結構人気スポットとなっているようです。

 おたすけ隊のスタッフは現在10人前後ですが、毎月定例会議を開いており、お出かけ企画を立てるときには、まず場所の選定から工場見学の予約、スタッフの担当者が下見をしてお昼を食べるお店を選んだり、皆さんを案内する行程、見学スポットを考えるといった準備をしています。今回もいかに参加してくださった皆さんが安全に楽しく過ごしていただけるか、スタッフ一同心がけたつもりです。そして、無事に光が丘に到着して、皆さんが笑顔で「ありがとうございました」と帰って行かれる姿が、私たちにとっての元気の源、次への活力となっています。

 

 

ドキュメンタリー映画『普通に生きる』

2012.9.1(土)

 静岡県富士市にある重度障害者の生活介護事業所「でら〜と」の設立から5年間の取り組みを記録したドキュメンタリー映画『普通に生きる』を見ました。下記に映画の公式ホームページのURLを載せておきますので、興味のある方はぜひご覧になってみてください。

 http://www.motherbird.net/~ikiru/

 

 このタイトルに接したときから、そもそも『普通』ってどういうことだろう…と考えてしまいましたが、映画の中で「でら〜と」の職員心得に『−普通ーという概念は時代とともに変化していく。常に社会から学び、自分も成長していく姿勢を大切にする』と書いてある場面が出てきます。『普通』という概念は、確かにその時々によって変化するものです。昔は当たり前だったことが、今の時代では通用しないといったことがたくさんあります。重い障害のある人たちは、かつては家の中に隔離され、世間には知られないようにひっそり暮らしていました。やがて1人の人間として尊重され、福祉による支援の制度も整備されてきました。それでも、障害者の家族、特に障害を持って生まれた子どもの親は、自分がこの子を守らなければ、という気持ちが強かったと思います。そこに、いわゆる『親亡き後』という問題も生じてきました。

 でも、この映画に登場する親たちは、もちろん自分の子どもに障害があるとわかった時には、なかなかそれを受け入れられずに悩み、悲しみ、死まで考えたという人がほとんどですが、子どもたちと生活するうちに、その子どもたちの笑顔や生命力に自分たちのほうが力をもらって、子どもの自立や自己実現をめざすことはもちろん、自分自身の自己実現にも取り組むようになっていきます。そして、自分たちで動いて必要な施設や制度までをつくってしまうのです。

   何より画面に登場する人たちの活き活きとした表情、笑顔を見ているだけで、本当にこちらの心が洗われるような気持ちになります。彼らの存在そのものがすばらしいことなのだと心から感じました。

 また、自立、自立と言いますが、なんでも自分でできることが自立なのではなくて、他人の支援を上手に受け入れて、自分の生活を成り立たせることができることも立派な自立なのだと気付かされます。

 この映画は今年の初め頃からミニシアター等でロードショーされていましたが、関東地域でのロードショーは終わってしまったために、私は杉並区の浴風園という介護施設の中のホールを借りて、NPO法人が開催した自主上映会に足を運んでみました。たまたまこの映画を作成した「マザーバード」の本拠地が杉並だということで、制作スタッフで撮影とプロデュースを担当した貞末麻哉子さんがいらして、上映後に映画にかける想いや撮影エピソード等をお話ししてくださいました。それがまた、映画を観終わったあとに聞くと、とてもわかりやすく、より映画の理解に役立ちました。

 貞末さんのお話の中で、私の心に特に残ったのは、制度が最初からあったわけではなくて、必要に迫られた人たちが、色々な壁を突破してつくりあげてきたものだということです。

 この映画、ロードショーが終了してからも口コミで評判が広まり、各地で自主上映が行われているようです。新聞等にも取り上げられています。なかなか重度の障害のある方に接したり、触れ合う機会がない人が多いと思いますので、少しでも多くの方に彼らの素敵な笑顔に接して、彼らのことを知ってもらうことが、誰にとっても生きやすい社会になるための第一歩かもしれません。

 思わず「ありがとう」と言いたくなる映画でした。

団地のサロン「ぎんなんの会」

2012.7.24(火)

 先日私の住んでいる団地で月に1回開催されているサロン「ぎんなんの会」で「人生の最終章を考える 知って安心遺言書の書き方とエンディングノートの活用法」と題して1時間程度のお話をさせていただきました。

 毎回参加者は10人から20人といったところですが、今回も15名が集まってくださいました。自分の人生を物語にたとえて、その締めくくりは自分でどうするか、考えておきましょうというお話から、遺言書の種類と書き方、遺言書を作ったほうがいい場合、そして、正式な遺言書を作る準備段階として「エンディングノート」を書いておくと、いざというときにご家族や周りの方にあなたの意思が伝わりますよ、という内容になりました。

 お話の後には、参加した皆さんから、ご自分の経験や疑問点を出していただき、率直な意見交換ができました。中でも、少し前にお父様を亡くされた方がお話ししてくださったことが、とても印象に残りました。

 お父様は「日本尊厳死協会」の会員になっておられて、いわゆるリビングウィル(尊厳死の宣言書)を作成されていたそうです。そして、いざご病気になって延命治療をどうするかという段階になったときに、医師から「どうしますか?」と聞かれたご家族は、そのリビングウィルがあったために、「それが本人の意思ですから」ということで、医師の「本当にいいんですね」という問いかけにも揺らぐことなく、ご本人の意思を尊重する選択ができたということでした。
 確かに事前に本人が「万が一のときにも延命治療はしないで、自然のままにしてほしい」と話していたのを聞いていたとしても、いざ弱っている本人を前にしたら「できるだけのことはしてください」と医師にお願いしたくなるのは心情として当たり前だと思います。そういうときに、きちんと形になったものがあると、それを拠り所として、医師にも本人の希望を伝え、結果として本人の意思が尊重されることになります。
 その方の体験談を伺って、リビングウィルの必要性をあらためて実感しました。

 いずれにしても、地域の皆さまに遺言や相続についてのお話をする機会をいただけて、とてもありがたく思いました。もし皆さまのご要望があって、次の機会があれば、成年後見についてもお話できたらと思っています。

団地のサロンで遺言書とエンディングノートのお話をします

2012.7.19(木)

 私の住んでいる団地で月に1回、 団地の集会所を会場にして、誰でもが集っておしゃべりしましょうというサロンを開いています。時々はテーマを決めて、講師を招いてお話をしていただくということもしています。今までには「光が丘の野鳥の話」、「東日本大震災後に現地に行かれた方の話」、「災害時のトイレについて」、「収納アドバイザーの方の話」等々、それから地域包括支援センターの職員からお話を伺ったこともあります。

 そのサロンで一度行政書士としてお話をしてください、と以前からご依頼をいただいていたのですが、7月にその機会をいただけることになりました。何についてお話ししようか、とずっと考えていて、参加者の皆さんにも「どういうことを知りたいですか?」と投げかけもしてみたのですが、なかなか具体的なテーマが出てこなかったので、まずは遺言書の書き方と、その準備段階として「エンディングノート」を書いてみましょうというお話をしようと思っています。

 それぞれの人生はひとつの物語だと思います。自分の物語の最後をどう締めくくるのか、自分で考えておくことは大事なことだと思います。考えたからといってその通りになる訳ではないと思いますが、少しでも自分の思い描く最期に近づけたら、それこそ思い残すことのない素敵な物語のエンディングが迎えられるといいなと思います。

 遺言書やエンディングノートは、自分自身がどうしたいかという意思の表明であるとともに、残される家族のための思いやりという意味もあるのではないでしょうか。

 どんなお話ができるか、不安ではありますが、そこに集った皆さんにとって、自分の物語の最終章を考えるきっかけになればと思っています。

 

ぎんなんの会7月ポスター2012.7.doc

 

 

 

 

 

若いママのパワー(2)

2012.6.4(月)

 練馬区では「地域福祉パワーアップカレッジ」という、地域福祉を担う人材を養成する講座を行っています。その受講生のおひとりが練馬区豊玉のご自宅で「おかずやカフェ」というランチやお茶を出すこじんまりとしたお店をやっていらっしゃるのですが、たまたま知り合った子育て中のママたちと一緒になって、お店の前のガレージで「豊玉ふらっと市」という市場を月に2回程度開くようになりました。地域のつながりをつくりたい、という思いで、名前のとおり誰でもふらっと寄っていける場を提供しようというもの。品物を提供するのは「つくりっこの家」という、練馬区内で障害がある人もそうでない人も協力し、支えあう関係をつくって活動している団体。 その「つくりっこの家」で作っているクッキーやさき織りの製品、関連農園で生産された新鮮な野菜等が並べられます。

 私は2度ほど「おかずやカフェ」へ行ってみたのですが、初めてそこを目指して行った時にはあいにく市は開かれておらず、カフェも普通の家のガレージの奥にあって、かろうじてボードにメニューが出ているのでお店だなとわかるぐらいなので、入ろうかどうしようか、散々迷った末に意を決して恐る恐る入ってみたという感じでした。でも、入ってみると気さくなご主人が、おいしいランチを出してくださったので「思い切って入ってみてよかった」とうれしくなりました。
 2度目は「ふらっと市」が開かれる日を目指して行ったのですが、あいにくの雨で、外には一部野菜が傘の下に置かれているぐらいで、いつもの市の様子を見ることはできませんでした。
 ただ、そこでカフェのご主人と一緒に活動している子育て中のママに出会うことができました。その中のお1人は、自宅でパンを焼いて、それを商品として持って来ていました。プロ顔負けのおいしそうな菓子パンや総菜パンで、私がランチをいただいている間にも、次々にお客さんが買って行くほどの売れ行きのよさ。ご主人に話を伺ったところ、震災の被災地から避難してきている若いママさんが、子ども連れでご飯を食べさせて、とお店に来たことをきっかけに、「ふらっと市」を手伝ってもらうようになったとおっしゃっていました。そして、小さい子を連れたママさんのネットワークが広がって、関わる人も増えたようです。

 小さい子どもがいても一緒に御飯が食べられる場、そして、そんなママたちが活躍できる場、地域のつながりを作ることを模索していたご主人の想いがママたちのパワーと結びついて、すてきな場が生まれたことを感じました。

 また、今のママたちは情報ツールを上手に活用していて、ツイッターやブログ等で情報を得たり、仲間を作ったりしている様子には、私たちの子育て中とは違うなと痛感しました。

若いママのパワー(1)

2012.5.29(火)

 先日、ベビーダンスのインストラクターをされていて、ご自身も1歳9カ月の男の子のママと知り合いになりました。実は行政書士生活相談センターの無料相談会の会場に飛び込みで「ちらしを置いていただけませんか」と来られて、そのちらしのタイトル『抱っこが好きになる!講座』に興味を持った私が、その後思い切って、インストラクターのママさんに連絡して、「講座を見学させてください」とお願いしたのがきっかけです。

 ベビーダンスというのは、赤ちゃんを抱っこして、サンバ、ブルース、ワルツ等の音楽に合わせてステップを踏むというもので、赤ちゃんを抱っこして踊ることにより、スキンシップを通して親子の絆を深めることができたり、ママ自身が心身ともにリフレッシュでき、育児ストレスの解消になる。産後のボディラインの引き締めや体力アップ等々の効果もあるとか。そして、日本ベビーダンス協会という団体があって、今回知り合ったママさんは、その認定インストラクターとのことです。ベビーダンスの他に、抱っこ紐コーディネーターということもされていて、今回はそちらがメインの講座でした。

 「見学をさせてください」と連絡したときに、そのインストラクターご自身の息子さん(1歳9カ月)を講座の間、見ていてもらえるとありがたいです、とのお話があったので、「私でできる範囲でよければ…」ということで、元気な男の子と遊びながら見学することとなりました。

 今回は4組の親子が参加されていて、親子で簡単にできるストレッチや楽しい手遊びと歌を交えながら、抱っこ紐の正しい装着方法や腰痛・肩こりになりにくい姿勢等について、インストラクターのお手本を見ながら、親子で楽しそうに実践していました。その横で私は男の子と乗り物の絵本を見たり、スタジオを走り回る彼を追いかけたり、あまり子守りのお役には立たなかったかもしれませんが、それでも、ママさんからは、「おかげさまで助かりました」と言っていただきました。参加した親子の赤ちゃんたちは首が据わったくらいから1歳半頃で皆かわいくて、ぷくぷくの手足を触って、思わずこちらも笑顔になってしまう、久しぶりに赤ちゃんと触れ合うことができた楽しい時間でした。

 それにしても、ご自身も元気に動き回る2歳前の男の子の子育てをしながら、協会認定のインストラクターとはいえ、自分でスタジオ等の場所を借りて人を集めて、講座を開催するのは大変だと思います。それでもご自分がベビーダンスによってリフレッシュできて育児に余裕が生まれたという経験から、より多くの子育て中のママに、赤ちゃんと一緒に楽しみながらリフレッシュできるべビーダンスを広めたいと頑張っているのだろうと感じました。

 参加したママの中には、親子ともにお友達をつくる機会が少ないので、自分の子どもだけを見ていると、なかなか体重が増えないとか、言葉が出るのが遅い等、色々と心配になってしまう。こういうところに参加すると楽しいし、お友達もできてうれしいと話す方もいました。

 私自身、日頃はどちらかというと高齢の方と接する機会が多いので、久しぶりに若いママや赤ちゃんのエネルギーをもらって、気持ちが若返りました。でも、どちらかというと、もうおばあちゃんの気分??
 子育て中のママたちが少しでも余裕をもって、優しい気持ちで子どもに接することができるといいなと思います。今回の講座は大泉学園で開かれて、普段も大泉、石神井近辺を中心に教室を開いているそうですが、光が丘でもこのような活動をしてもらえたらいいな、なんてふと思いました。

 素敵な出会いに感謝です!

介護保険事業所の経営

2012.5.21(月)

 ある会合で、私の地元にある「小規模多機能型居宅介護事業所」(以下小規模多機能型と略)「たがらの家」を運営している方のお話と、介護保険上のデイサービスにそのまま自費で宿泊できるという、いわゆる「お泊りデイ」の職員の方からの現状報告を聞く機会がありました。
 小規模多機能型の詳しい事業の説明をここでしても仕方がないので置いておきますが、地域での在宅生活を支える担い手として登場したにもかかわらず、実際にはなかなか事業所も利用者も増えないという現状があるようです。端的に言うと、運営や利用者確保が大変な割に、利益を上げることが難しいことが原因と言われています。
 そんな中で「たがらの家」は、代表である青木さんがもともと経営やマネジメントの勉強をされたということもあり、マネジメントの視点を大事にしながら、丁寧なアセスメントを行って、利用者を家族とともに支援する姿勢を貫いていることが健全な経営に繋がっているのだろうなと感じました。

 一方「お泊りデイ」については、狭い民家を利用して、バリアフリーでもなく、トイレや入浴設備も十分でない様子、デイサービス事業の指定要件でもある看護師が名前だけで、実質いないという状況、職員が疑問や改善を提案しても聞き入れてもらえずに、その職員の処遇にも厳しいものがある等々、利用者ご本人のことを考えると、聞いているうちに辛くなるようなお話しばかりでした。
 ただでさえ介護保険の事業所が利用者を集めるのが困難な状況の中、そんなひどい事業所でもなぜ利用者が集まるのか、参入するところがかえって増えているのはなぜ?と当然の疑問が湧いてきます。もちろん全ての「お泊りデイ」がひどい環境とは限りませんし、良心的にやっているところもあるでしょう。
 結局それはニーズがあるから、ということになります。認知症で在宅介護が難しくなったとしても、施設は何百人待ち等ですぐに入ることができないのが現実。そんな中ではデイサービスで、そのままずっと預かってもらえるということなら、たとえ費用が多少かかったとしても、家で看ることが難しい家族としては利用せざるを得ないということなのかもしれません。
 それについて小規模多機能型の青木さんは、そういう施設がある現状はよくわかっているし、家族がご本人をそういうところに預けているのを一概に責めることはできない。それよりもケアマネージャーが、劣悪な施設の状況を知っているはずなのに、それをプランに入れてしまうことのほうが問題ではないか、とおっしゃっていたのが印象的でした。

 介護や福祉の世界は、サービスを提供するのもされる側も「人」が中心にあって、大事にされるべきだと思います。いい仕事(介護)を提供する人がきちんと評価されないようでは、利用者にとってもいい介護を受けられないという悪循環になってしまいます。
 法律や制度で改善されるのが一番ですが、今の制度の中でも、どうしたら利用者、介護者ともに安心して生活できるのか、関わる人それぞれが少しでも考えながら実践を重ねて、いずれ制度を動かしてやるぐらいの気持ちが必要なのかもしれません。

照姫まつり(石神井公園)

2012.4.23(月)

 昨日(4/22)石神井公園とその周辺で「第25回照姫まつり」が開催されました。そこに東京都行政書士会練馬支部として参加し、無料相談会を行いました。

 戦国時代に石神井城主だった豊島泰経の娘、照姫がおまつりの主人公で、毎年公募により選ばれた人が豊島泰経、奥方、照姫に扮して公園からその周辺を練り歩き、最後には公園の野外ステージでパフォーマンスを繰り広げるのですが、公園内では数々のテントが並び、地元のグループや作業所等による手作りの品や、地方の物産が販売され、各種団体が自分たちの活動をPRしていました。
 東京都行政書士会練馬支部としては、無料相談会を行うことによって、行政書士の仕事を皆さまに知っていただくとともに、日頃困っていることのご相談に応じて、少しでも地域の皆さまのお役にたてたら、ということで参加しています。昨日は私自身は午前中しか参加できませんでしたが、寒空の下、たくさんの方にテントを訪れていただき、ありがとうございました。

 10月には練馬総合グラウンドを中心とした会場で「練馬まつり」が開催されますが、そこでも行政書士による無料相談会を行う予定になっています。

 

仙台への旅

2012.4.3(火)

 先日私事で仙台へ行ってきました。目的は二つ。娘の参加するオーケストラのコンサートを聴きに行くことと、仙台在住の知人に会うことです。結局私が娘のコンサートを聴きに行くと言ったら、その知人も一緒に聴きに来てくださったので、一度に目的を果たすことができました。
 娘のほうは1週間仙台郊外の温泉地で合宿をして本番を迎えるということだったので、私は本番の前日に仙台へ行き、松島、塩釜まで足を伸ばしてきました。
 仙台も東北大震災の被災地ですから、どうなのだろうと心配でしたが、仙台駅付近は震災の影響はほとんど感じられませんでした。松島は海沿いなのでもちろん津波が襲ってきたところで、観光案内所にも震災後の様子の写真が掲示されていたり、「ここまで津波がきました」という表示が背丈よりも高いところにあったりして、確かにここも大変だったんだ、ということが伝わってきましたが、松島湾に島が点在する地形で津波も最も高く押し寄せた地域よりは被害が少なかったようですし、観光地だということもあり、観光施設についてはかなり復興していました。湾内の遊覧船も今は運航していました。
 仙台は伊達家ゆかりの地なので、伊達家の菩提寺や「みちのく伊達政宗博物館」を見学。博物館では伊達政宗の生涯を、蝋人形で様々な場面を再現することによってわかりやすく展示しており、私は昔のNHK大河ドラマで渡辺謙が独眼竜政宗を演じていたのが印象に残っているぐらいで、実際にどういう人間だったのか、何を成し遂げた武将だったのかよく知らなかったのですが、ここをじっくり見て、大体のことがわかって、とても面白かったです。政宗の骨格等から再現した本人の声がテープで流れていたり、現代の技術ではそんなこともできるんだな、と感動しました。

 その後松島湾の遊覧船で湾内の島々や海の景色を眺めつつ塩釜に渡りました。塩釜神社にお参りしてから、最後はひとりでお寿司屋さんに入り、東京ではとても頼めない新鮮でおいしいお寿司を堪能いたしました。これも旅の楽しみ、ちょっとぐらいの贅沢は今後の活力の素ですよね。

 そのお寿司屋さんの大将に震災後の様子を伺ったところ、お店等の見た目は前と変わりなっくなったけれど、配管等の見えない部分はまだまだ元に戻っていない。これからお客さんにたくさん来てもらわないと…と話をしてくださったのが印象に残りました。

春の香り

2012.3.30(金)

 私にとって春の訪れを感じさせてくれるもののひとつに、沈丁花の香りがあります。団地の中やちょっとした路地を歩いているときに、あの独特の香りが漂ってくると、「ああ、今年も春が来たんだな」と感じます。いつもは3月の初め頃からそんな場面に遭遇するのですが、今年は寒さが長引いたせいか、3月も末のここへきてようやくお天気の良いときに外を歩くと、沈丁花の春の香りが鼻をくすぐるようになりました。桜の開花も平年に比べるとだいぶ遅れているようですが、4月に入って、暖かい日が続くと、きっと一斉に花たちが咲きだすことでしょう。その頃には入学式や新しい職場等で新生活をスタートする人も多いことと思います。春の訪れとともに始まる皆さんの新しい一歩が、希望に満ちたものでありますようにと、願わずにはいられません。

 

後見制度支援信託

2012.2.29(水)

成年後見制度を利用し、親族が後見人等になっている場合に、管理しているご本人の財産をご本人のためでなく、自分のことで使いこんでしまったり、横領するという事件が起きています。
 そういう背景もあって、家庭裁判所は『成年後見制度支援信託』というものを開始しました。ある程度の財産を持っている方に対して後見の申立てがなされた場合に、まずは第三者の専門家が後見人等になってご本人の財産を整理し、今後の生活についての見通しをたてて、支出計画を作ります。
 そのうえで、親族に後見人をバトンタッチし、日常的に必要なお金は普通預金等にして出し入れし、その他の財産は信託銀行に預けて、裁判所の許可がなければ払戻しできないようにするというものです。
 この制度は、当初昨年の4月から運用開始の予定でしたが、家庭裁判所と信託銀行との間だけで話が進み、弁護士、司法書士、社会福祉士等の専門職団体には何の相談もなかったために、専門職団体から待ったがかかり、開始が遅れていました。それでも結局24年の2月からスタートしたということです。

 大きな金額を勝手に動かせなくなるという点では不正が起こりにくくなるかもしれませんが、必要なお金を出すためには手続きと時間が必要ということになり、ご本人のためにご本人のお金を使いにくくなるというマイナス面も指摘されています。
 また、扱う金融機関によっても手数料や運用に違いがありますし、申立ての時点で家庭裁判所が信託の利用を勧めるということなので、例えばご本人の財産がいくら以上等何らかの基準にあてはまる場合に勧められるのか、まだ運用が始まったばかりでもあり、今後の動向を見守っていきたいと思います。

団地の餅つき

2012.2.5(日)

 先日私の住んでいる団地で、管理組合主催の住民向け餅つき大会が開催されました。私は団地のサロン活動をしているグループの一員として、お手伝いに参加。団地の集会所の外に場所を作って、杵と臼を用意し、40sのもち米を蒸してついていきます。餅つきは管理組合の男性を中心に、近所の小学校の父親の会からも助っ人がやってきて、代わる代わるつくのですが、格好も餅をつく音も人様々。力自慢の慣れた人がつくと音もリズミカルで力強く、つき上がったお餅も、本当に「もち肌」の言葉通りの柔らかくなめらかなものになります。
 餅を丸めて、餡と黄粉をまぶす役目を分担して担っている女性部隊は、管理組合の役員のほかに、「花のボランティア」やサロン活動参加者の面々。何年もやってきて慣れた手つきの方が新米にコツを伝えながら、おしゃべりも楽しみつつの作業が続きました。途中でつきたてのお餅の誘惑に勝てず、皆で一口ずつお味見しましたが、柔らかで本当においしいこと! いくらでも食べられそうでした…。

 居住者には前もってお餅の無料券が配られて、集会所に取りにきた方に券と引き換えにお餅を渡すシステムですが、希望者には1パック100円で追加もOKです。時間になると三々五々住民がお餅を取りに来て、1人で何パックも持ち帰る方もいました。参加者の中からは「せっかく皆がお餅を取りに来るのだから、集会所を開放して、その場で食べられるようにすると、住民同士の交流にもなるのに…」との声もあり、やり方を少し工夫すれば、もっと楽しいイベントにできるかもしれないなぁと感じました。

 また、お餅をついているところに学生か社会人になったばかりぐらいの若者が何人かやってきて、一緒に餅つき体験(?)をしたり、小さなお子さんが小さな杵を持ってお父さんに抱きかかえられて一緒に餅つきしている場面もあり、高齢化が進む団地内で、明るい未来を感じられるひと時でした。

最近読んだ本 『さよならドビュッシー』と『おやすみラフマニノフ』

2012.1.16(月)

 第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した中山七里の『さよならドビュッシー』とその続編ともいえる『おやすみラフマニノフ』を続けて読みました。『さよならドビュッシー』は自宅の火事で大やけどをおった音大生遥が、天才ピアニストで音大の先生である岬洋介の特訓を受けてピアノコンクールでの優勝をめざす物語。その中でさらに殺人が起こり、岬洋介が探偵のような推理を展開する。そして結構意外な結末。
 全身大やけどで最初はピアノを数分しか集中して弾けなかった主人公が、いくら特訓を重ねたからといっても、いきなりコンクールに出場というのはどうなのか…とは思いましたが、登場する曲の表現が結構表情豊かで細かく、その曲を知っている人ならイメージしながら読めるのではないかと感じました。
 『おやすみラフマニノフ』のほうは、岬洋介が講師を務める音大でチェロの名器が盗まれた事件を軸に、選抜された学生によるオーケストラの成長物語が展開され、最後は盗難事件がやはり岬洋介の推理によって解決するというもの。
 こちらもオーケストラで演奏される曲の表現に『さよなら〜』同様の工夫が凝らされています。ピアノはソロ演奏が多いのに対し、オーケストラは個々の演奏者が集まってハーモニーを聴かせるものなので、いかに他者とのコミュニケーションを図るかが大事。個々の技量が高くないと集まってもいいものはできないし、かと言って個々のレベルが高くても必ずしもそれだけではいい音楽はできないので、そのあたりのメンバーの成長の過程が私としては面白いと思いました。また、音楽を通じて他の演奏家と深い付き合いができる小説の登場人物たちに、なんとなく嫉妬心にも似た感情を覚えました。

 この2冊、『さよならドビュッシー』のほうが意外性があってミステリーっぽいかなと思いましたが、『おやすみラフマニノフ』は青春物語として楽しめた気がします。

新年のご挨拶

2012.1.8(日)

 新年になって初めてのブログです。

 昨年は色々なことがありました。大変な思いをして、それでも毎日一生懸命に生きている方々がたくさんいらっしゃることと思います。
そういうたくさんの方々のことを想いながら、今年は誰にとっても良い1年になることを願っています。

 たまにしか更新されないサイトを根気強く訪れてくださった方には感謝の言葉もありません。
そして、今年はもう少し頻繁に書き込みできるように努力したいと思っています。
 このブログにたまたまたどり着いた方、これも何かのご縁です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

  お正月の食べ過ぎと運動不足で体が重くなった気がします。体と頭を動かさないと!!

 

地域福祉おたすけ隊のお出かけ企画

2011.12.19(月)
 ここでも何度か紹介している『地域福祉おたすけ隊』のお出かけ企画ですが、12月は国立劇場へ歌舞伎鑑賞に行ってきました。
 どこへお出かけするかの企画会議の際に、最初は両国界隈が候補に挙がり、ガイドマップを見て検討していたところ、大相撲時津風部屋の近くに吉良邸跡があるのを発見。吉良上野介とくれば、この時期「忠臣蔵」でしょうと話が発展したそうで、私が会議に遅れて参加したときには、12月のお出かけは歌舞伎の
「忠臣蔵」を観に行こう、ということに決定していました。
 個人的には歌舞伎を観たことがなく、なんとなく“高級”なイメージがあったのですが、座席の場所によっては思ったよりも高くないということで、昼食代も含めて6000円で行かれることになりました。
 お出かけ企画を始めたころは、出掛けた先の昼食も、なるべくお金がかからないようにと考えていました。もちろん安くておいしいが一番なのですが、スタッフが500円程度のうどんやカレーを頼んでいる横で、参加者の皆さんは豪華なお食事を召し上がっているという場面が何度もありましたので、せっかくのお出かけの機会だから、安いよりもおいしく楽しく食べられる、ということを重視したほうがいいのかなと思うようになりました。
 普段はお一人だったり、なかなか外食もできないという方が多いので、皆さんで一緒に食べる食事は、それだけでもおいしいという声が聞こえてきます。
 それと同じで、歌舞伎もひとりではなかなか劇場に足を運ぶことが難しいので、連れて行ってもらえるなら…という方が多かったようです。スタッフの中には歌舞伎に詳しい人もいますが、私同様今回が初体験という人もいて、中には「実は冥土の土産にと思って…」とぼそっとつぶやいたスタッフもおりました。

 今回のプログラムは『元禄忠臣蔵 五幕十二場』真山青果作 前十編のうち『江戸城の刃傷』『御浜御殿綱豊卿』『大石最後の一日』が上演されました。言葉が難しいこともあって、事前に内容等の知識をちゃんと得ていなかったためにわかりにくい部分も多かったのですが、それでも伝わってくるものはあって、『歌舞伎』の世界のほんのさわりですが、垣間見ることができたように思います。

 ちなみに徳川豊綱卿と大内内蔵助役は人間国宝に認定された中村吉衛門さんでした。

 もうひとつ余談ですが、最後の場面で隣からいきなり「大播磨!(おおはりま)」と掛け声がかかってびっくり。それまで拍手もしないで見ていた学生風の若い男性が発した掛け声だったので、“おお、この人はツウなのか”と認識を新たにしました。そういえばその若者は、プログラムのほかに売店で売っている台本も持っていました。そういう若いファンもいると思うと、歌舞伎界の将来も明るいかもしれないですね。

 

 

 

 
 

来年の抱負

2011.12.9(金)

 12月に入り、色々なところで忘年会が開かれていることと思います。
先日私が参加した忘年会は、介護事業所が貸し出しているちょっとした空間とキッチンをお借りしての鍋パーティーでした。しかも参加者の中にうどん打ちの『師匠(?)』がいて、準備段階に参加できる人は、その人の指導で手打ちうどんを作るという、手作り感いっぱいの楽しい会でした。 

 その中で参加者がひとりずつ挨拶代わりに一言述べる場面がありました。
ただの挨拶では面白くないし、みんな何を話していいか困るだろうと考えた幹事さんは、一言述べるテーマを予め考えて「クジ」をつくっておいてくれました。みんなは「クジ」を引いて当たったテーマに添って話をすることになったのです。
 そこで私が引き当てたテーマは…… “来年こそやってみたいこと”
「う〜ん、来年こそかぁ。毎年 今年こそはと考えることは色々あって、旅行もしたいし、お芝居も色々観たい、家の中ももっと片付けないといけないし…」と頭をよぎったのですが、結局はそれらを全てまとめて、「そのときにやりたいと思ったことはとにかくやってみる」というなんだか具体的でない答えにたどりつきました。

 今までもどちらかというと自分の人生はいつ終わるかわからないから、その時々を精一杯生きたいという気持ち(いつもいつもそんなに頑張って肩肘張ってるわけではないですが…)はありましたが、年齢を重ねて『人生の終わり』がより現実味をおびてくると、明日はないかもしれないという気持ちは強くなります。
 だから、今までは面白そうだから観たいなと思った舞台やコンサートも結構チケットは高いし、時間もなかなかないし、と諦めたことが多かったのですが、これからは、自分の感性で“観たい”とか“聴きたい”と思ったものは、お金も時間も少し無理をしてでも、思い切って行ってみる。行きたいと思ったところがあったら、行ってみる。仕事についてもできることは先送りにしないで、その時にきちんとやっておくことを
心がけたいと思います。

 ただ、今までも割とその時々の気持ちに流されて過ごしてきたら、色々と計画性のない、行き当たりばったりの人生になってしまったかもしれない…と思うところもあって、なかなか難しいというのが本音です。

 まあ、毎年同じようなことは考えているので、本当に「来年こそは!」ですね。

親族の戸籍の入手は大変?

2011.11.28(月)

 成年後見制度を利用しようとする場合、制度の利用が必要になったご本人に、後見人等を付けてくださいと家庭裁判所に申請することを申立て(もうしたて)と言い、申請する人は申立人となります。

 申立てに必要な添付書類にご本人の戸籍謄本と住民票があります。ご本人に親族がいる場合は親族が申立人になる場合が多いのですが、ご本人は自分で戸籍類を取りに行ける状況にないことがほとんどです。
 同居している親や子どもでしたら、本人確認書類を持参して窓口に行けば入手可能ですが、直系血族がいなくて甥姪やいとこが申立人になって、ご本人の戸籍類を入手しようとする場合。「本人の自筆による委任状を持ってきてください」と言われて戸籍を入手できなくて困ったという話をよく聞きます。

 「成年後見の申立てに必要なんです。本人が委任状が書けないから成年後見制度を利用しようと思っているのに…」と説明しても、なかなか理解してもらえないことが多いようです。または、「それでは裁判所に出すという証明を持ってきてください」と言われた方もいます。

 それについて、先日練馬区光が丘の区民出張所の担当の方に、話を伺ってみました。
練馬区の場合も親、子、配偶者であれば問題なく戸籍を請求できますし、弁護士や司法書士の専門家も職務上の請求であれば入手が可能です。(行政書士や社会福祉士は成年後見制度の申請については代理で行うことはできません。あくまで申立人の相談に応じ、お手伝いをすることはできます。)
 それ以外の人はたとえ甥姪やいとこといった親族であっても、あくまで本人や配偶者、子どもといった請求権のある人の委任を受けたというかたちでないと入手できないそうです。他に親族がいなくてご本人が委任状を書ける状態でないから成年後見制度が必要になっているのに…と思いますが、原則はそうなっているとのこと。ただ、練馬区ではご本人が委任状を書けない場合は、『書写不能の証明』という書類を出して、どうして委任状を書けないかということと、戸籍の請求に関して迷惑はかけません。ということを明確にしたうえで、代理人が委任状を書いて請求するということで申請に応じているとのことです。

 それでなければ、成年後見の申立てに必要ということを証明するために、家庭裁判所に提出する申立て書類(記入したもの)を持ってきてくださいとも言われました。

 本人でない者が戸籍を入手する場合、あまり簡単に取れてしまうのも不安ですが、親でも子でもない親族がご本人のために申立てをしようとするのに、必要な書類がなかなか入手できないのでは、大変さばかりを感じて、それならそんなに面倒なことはしたくないと思ってしまうのではないかな、と危惧します。

 

今年も 「演劇で知る 成年後見制度と消費者トラブル」

2011.11.25(金)

 前回書き込みをしてから、いつの間にか4か月も過ぎてしまいました。何度も書かなくちゃと思いながら、書きたいことも色々あったのですが、結局そのまま今日まできてしまいました。ほぼ毎日関わっていた仕事が一段落したこともあり、これからは本当にもっとまめに、気軽に書いていきたいと思っています。

 練馬区社会福祉協議会の権利擁護センター『ほっとサポートねりま』は練馬区の成年後見制度推進機関となっており、成年後見制度の啓発普及活動も行っています。昨年は「演劇で知る成年後見制度」ということで、劇団「響王(ひびきんぐ)」とともに脚本から作り上げた演劇を上演したことはこのコラムにも書きました。

 その『ほっとサポートねりま』が今年は練馬区消費生活センターとの協働で、「認知症になっても 悪質商法にあっても 安心して暮らすために」という少々長いタイトルの演劇を、昨年と同じ「響王」の協力を得て上演し、その後には高齢者の消費トラブルと成年後見制度についての解説もするというイベントを開催しました。

 今回の演劇は、高齢者だけでなく家族みんなが悪質商法に引っかかってしまうという内容で、これでもかというぐらいに今問題となっている悪質商法が出てきます。布団の訪問販売、家の点検やリフォーム詐欺、一か所に集められて周りのさくらに煽られて高額商品を契約してしまう、いわゆるSF(催眠)商法、念の入った投資商法等々、わかりやすく少々誇張されていますが、とても巧妙だということがよくわかります。一人暮らしでさびしい思いをしている高齢者の方が、訪問してやさしく話を聴いてくれる業者に心を許してしまうことも、わかるような気がしてしまいます。

 家族がいても地理的に遠かったり、働き盛りの世代では忙しかったりで、なかなか親の様子を見に行くことは難しい場合もあるかと思います。家族が電話すると変わりなく応対していたので大丈夫だと思っていたら、実は悪質商法に引っかかっていたとか、家の中が散らかって金銭管理も難しくなっていたとか、そのような話をこのところ何件か続けて見聞きしました。親御さんにしてみれば、子ども達には迷惑をかけたくないという気持ちが強いのだと思います。訪問できる距離ならば、時々様子を見に行くとか、遠隔地であれば、借家であれば大家さんにお願いしておくとか、地域の民生委員さんや地域包括支援センター(行政)と連絡をとっておくとか、何かしら周りの社会資源とつながりを持っておくと、いざというときに慌てないですむかもしれないですね。

 とにかく、「響王」の演劇は楽しくて笑いながらも心にジンとくるものもあって、とてもよかったです。
後半の消費者トラブルと成年後見制度についての解説もわかりやすくて、困ったときには「消費生活センター」や「ほっとサポートねりま」に相談すればいいんだなということも、皆さんに認識していただけたのではないかと思います。

 

 

劇団「ふぁんハウス」の元気になるお芝居

2011.7.24(日)

 購読している新聞の折り込みチラシに、ある劇団の公演についてのお知らせが入っていました。そのチラシは地域の販売所で手作りしたと思われる素朴なものでしたが、「門出食堂」というタイトルの公演の案内とともに、「団長の独り言」という劇団ふぁんハウス代表平野恒雄さんの文章が紹介されていました。
 そこには公演にむけての稽古の様子や、今回の公演にかける想いが綴られており、それまでの経緯はよくわからないながらも、その劇団が障害を持った方もともに活動しているということ、今回の震災で稽古ができなかったときもあったけれど、こういうときだからこそ『元気』や『勇気』、『夢』や『希望』をテーマにした今回のお芝居が必要になる!との想いでやってきた、ということが伝わってきました。
なんとなく気になって、そのチラシをとってはおいたのですが、しばらくは日々の雑事に追われて、劇団について調べることもせず、公演のことを忘れていました。
 「門出食堂」の公演は7/22(金)〜24(日)。中日である昨日、「そういえば、昨日から始まっているんだな」と急に思い出し、観に行くなら今日か明日…と考えているうちにも時間が過ぎ、昼食を食べている間も少し迷っていたのですが、「行かれるなら行くしかない」と決断し、「ちょっと行ってくるね」と家族に声をかけながら、支度もそこそこに家を出ました。そこは決めたら早い私です!!

 公演の場所は赤坂区民センター。開場時間の13時半にはそこに到着して、当日券で入場していました。
 障害がある方も出演しているということもあって、車いすの方やガイドヘルパーを伴った視覚障害の方の姿も多く見られました。

 新宿の街はずれにある「門出食堂」に集う、年齢や置かれている環境も様々な人々の『夢』と『挫折』を描きながら、平凡な日常がどんなに大切かということを思い出させてくれる、そして最後は『希望』へとつながる内容。
 こうやって書いてしまうと、ありふれた「人情芝居」という感じですが、その中にも「アルコール依存症」やリストラ、若年性認知症の母親の介護、人生の途中で障害を抱えることになってしまった等々、それぞれが今の社会で問題になっている困難を抱えているというところも、観る側が自分を重ね合わせて共感を覚えるところなのかもしれません。
 笑っているうちにホロッと泣けて、最後には希望が持てるという、観ていて元気になれるお芝居でした。ぎりぎりまで迷って、それでも思い切って観に行ってよかった!
歳だからと『夢』をあきらめることはないし、追い求めていればいつかは叶うもの…というより自分で叶えるものだというメッセージが伝わってきて、先日の「なでしこジャパン」のことも思い起こされ、勇気をもらいました。
 
 もうひとつ、この舞台の音楽は、舞台袖で生の電子ピアノを演奏していて、それがまたとてもよかったです。演奏者は視覚障害の方のようでした。

 
 やっぱり気になるものは自分の目で見て、耳で聴いて、実際に確かめないと!
一期一会の言葉どおり、一つひとつの出会いを大事にしたいとあらためて思いました。
ある程度の年齢になってくると、『この次』はもうないかもしれないですから。 

 

 

 

頑張ってるミュージシャン

2011.5.4(祝・水)

 前回音楽についてということで書きましたが、今回も音楽関係で……。

  私ぐらいの年代になると、学生時代の同窓会が「卒業何周年」ということで開催されることが多くなるようです。私の場合もこの5年間ぐらいで、中学、高校の同窓会、大学の部活の同期会が開かれて、それこそ卒業以来という人とも再会する機会がありました。その中で、小中学校時代の友達と高校3年のときのクラスメイトにずっと音楽活動を続けている人がいることがわかり、同窓会をきっかけに彼らのライブに顔を出すようになりました。

 

 そんな二人を紹介させていただきたいと思います。それぞれにホームページをお持ちなので、プロフィールや活動の詳細はそちらを確認してみてください。

 ☆山石敬之さん (高校3年のときのクラスメイト) 
  http://www10.big.jp/~t-town/Y'sFactory/   

 彼に言わせると「高校時代のことはよく覚えてないんだよね」ということで、クラスの幹事をがっかりさせていましたが、高校1年の終わり頃に開催されたクラス対抗の合唱コンクールの課題曲を作詞作曲し、クラス会では私たちのリクエストでミニライブを行って、その時の曲を披露してくれる一幕もありました。
 最初はどんな音楽をやっているのかもわからないままにライブハウスを訪れたので、行ってみて場違いな雰囲気だったらどうしようかとドキドキしましたが、周りのお客さんはそんなに若すぎることもなく(失礼!)、違和感なくその場を楽しむことができました。歌った曲もとても心に響くものが多く、ピアノは元々うまい人だと思っていましたが、その指の動きと力強いタッチにはびっくり。彼のCDを買って帰って家でもずっと聴いていたら、しばらくは頭の中で彼の曲が響き続けていました。それからは地方も含めて年に15本前後のライブのうち、3,4回はお邪魔している状況です。

 ☆JILL(ジル)さん (バンド PERSONZのボーカル)
   http://personz.syncl.jp/?page=6&p=diarylist

  小中学校が一緒で、幼ななじみの感覚。そんなに親しかったというわけではないのですが、その頃から色白でとてもかわいい女の子でした。それこそ同窓会のときに音楽活動をしていることを聞きました。PERSONZは結構メジャーなバンドであるにもかかわらず、私はそれまで知りませんでした。何人かの同窓生は、やはり同窓会をきっかけにすでにライブを訪れていたようなのですが、私は最近になって行くようになりました。私と同じ年齢で現役ロッカー。舞台では飛んだり跳ねたり回ったり。「イェーイ」の世界はいつもこちらが元気を貰えます。年々声の音域が高くなるとも言ってました。素晴らしい!!

 何より二人ともずっと現役を続けていることがスゴイと思います。ひとつのことを追求することはなかなか難しい、特にミュージシャンの世界は浮き沈みが激しいだろうし、ファンの心をずっと捉えて離さないためには、常に努力が求められると思います。二人とも結構自制した生活をして、健康管理にも気を遣っている様子。さすがにプロだなと感じます。

 この時期にどうしてこの二人のことを話題にしたかということですが……
  3.11の震災後、ちょうど二人ともライブを控えていて、PERSONZは東北ライブを延期したようですが、山石さんは4.8の渋谷での誕生日ライブについて、被災した方々が困難な生活をしていて、東京も節電の動きが強い中、ライブを行ってもいいのだろうかと悩んだそうです。当時の日々の気持ちの揺れや世の中の動きに対する感想等をホームページの掲示板に綴っており、悩んだ末に4.8のライブはやるという決心をしたということだったので、それならますます応援しなくては、と私も参加しました。
 いつもよりもトーク少なめで、それぞれの曲に想いがこもっていることが伝わってくる、それでいてその場にいる人たちが元気をもらえるような、その空間にいられてよかったなと思えるライブでした。震災後に今の状況を思って創った曲(樹形図)も披露されました。いつもなら彼の誕生日ということで、ケーキやプレゼント等お祝いムードがあふれているのですが、その代わりに被災地への義援金の募金箱が置かれていました。また、帰りにはライブに参加した人への山石さんからのお土産ということで、自身の選曲によるCDがプレゼントされました。ライブの最後はそのCDにも入っている、サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」が流れ、あらためてこの曲の持つ力を感じたような気がします。山石さんも、「明日に架ける橋を最後に流したら、みんな持ってかれちゃう気もしたけど、こういうときだから仕方ないよね」と話していました。

 PERSONZのライブは4.17にやはり渋谷のライブハウスで行われ、招待客という扱いをしてもらった我々の仲間は、2階最前列の椅子席から舞台を見ることができましたが、1階席のお客さんは最初から最後まで総立ちのノリノリ。こちらもJILLがトークで震災について心を痛めていることを伝え、舞台にはなんと福島からのお客さんとして、ヒーロー「ダルライザー」が登場。被災地への応援を呼び掛けました。そしてこちらでも物品販売の隣に義援金の募金箱が置かれ、募金した人にはかわいいカンバッチを配っていました。

 

 サザンオールスターズの桑田さんを中心にしたミュージシャンが応援ソングを歌ったり、東北に縁のある歌手が被災地へ行って歌ったり、ジャニーズ事務所も大々的に義援金を集めたり、ミュージシャンとして被災した方や地方への支援をしている人はたくさんいます。みんな自分のできることで困難を抱えている人を元気にしたい、笑顔になってほしいという気持ちで活動をしているのだと思います。

 前回も書きましたが、音楽やその他の芸術・文化というものは、被災した方にとってすぐには役に立たないかもしれませんが、必ず音楽や芸術の力が必要になるときがあると思います。そういうときにミュージシャンは力を発揮し、それによって元気をもらった方々からミュージシャンも逆に色々な力をもらって、よりよい音楽、芸術が生まれるような気がします。

 何も芸のない私は、そういう面でも役に立たないと思うと淋しいし申し訳ない気持ちでいっぱいですが、頑張っているミュージシャンを応援することで、間接的に被災地の方々の力に少しでもなれたらいいなと思っているところです。

音楽について

2011.5.1(日)

 いきなり「音楽について」なんてタイトルになってしまいましたが、私自身は幼い頃にお決まりのピアノを習っていたぐらいで、クラシックに特に詳しいわけでもなく、カラオケも苦手、いまどきの歌(…こういう表現をする時点で古臭いですね…)にもついていけない…。あまり音楽とは縁のない生活をしています。それでも「音楽の力」というものを感じることがあります。

 今朝たまたまテレビ朝日の「題名のない音楽会」を見ていたら、「東日本大震災復興応援 〜今、音楽にできること」いうことで、色々なゲストが演奏や歌で今の日本を元気づけようとしていました。

 ゲストのひとりである さだまさし さんは、阪神淡路大震災のときに家族を亡くした男の子が聴いて元気づけられたというエピソードを披露し、「道化師のソネット」を歌っていました。さださんの曲の中では、もともと私の好きな曲のひとつなのですが、今の状況の中で聴くと、あらためて心に沁みる歌だなと思いました。

 もう1曲、レナード・バーンスタイン作曲による「キャンディード」というオペラのエンディングに参加者全員で歌うという「僕らの畑を耕そう」は、初めて聴いたと思いますが、力強いメロディーにのせた歌詞を見て、すごく印象に残りましたので、番組のホームページにあった解説を載せちゃいます。

 「題名のない音楽会」ホームページ 楽曲紹介より抜粋−
 レナード・バーンスタイン作曲のオペラ「キャンディード」のエンディングを飾る曲です。
数々の苦難にあい、すっかり変わってしまった恋人に再会した主人公が「君は愚かだったし 僕もそうだった。でも 僕らは家を建て 森を拓く そして 僕らの畑を耕すんだ。
だからこそ力を合わせて、何かできることをやろう」と歌います。
オペラの出演者全員で歌うこの歌の歌詞には、新たな門出への思いがあふれています。

  とても今の日本人にふさわしい曲だと思いませんか? オペラ自体の内容はほとんど知らないのですが、少なくとも私自身にとっては力を与えてくれるように感じました。

  被災した方々や地域のために、音楽がすぐには役に立たないかもしれないけれど、時間がたって状況が変わってきたときに、その時々で音楽が必要とされる場面は必ずあるし、その時に必要とされる音楽を届けることが大事、というようなことをさださんはお話ししていました。
 疲れたり頑なになった心が音楽によって動かされて癒されたり、思い切りなくことができたり、明日への力をもらえたり、そういう力が音楽にはあるのではないかと思います。

 困難な状況にある方々の心に素敵な音楽が届きますように。

  

 

思うこと(何か書かなくちゃ)

2011.4.12(火)

 東北地方太平洋沖地震から1カ月が過ぎました。ここにも何か書かなくてはと思いつつ、考えがまとまらず、結局何も書き込めないまま今日になってしまいました。

 あの地震の後から、テレビでは津波に襲われた被災地の惨状が伝えられ、避難所で暮らす方たちの生活が映し出されています。しばらくしてからは、大変な中でも助け合いながら前向きに進もうとする被災者の姿や、子どもたちが辛さを胸にしまって明るく日々を過ごしている映像が流れて、見ている私も感情が揺すぶられ、涙腺が緩くなってしまったようです。

 今も家族をすべて失った高校3年生の女の子が「もう泣かない」と決めて、明るく生きようとしている姿を取材した特集をやっていました。「自分が色々な人に勇気づけられたように、自分も誰かを勇気づけられる人になりたい」と笑顔で話している姿に、どうしてそんなに強くいられるのだろうと胸が熱くなりました。

 自分も何かやらなくてはいけないのじゃないか、何ができるのだろうと焦るばかりの日々ですが、現地で役に立つ技術や資格があるわけではなく、体を使って働くほど若さや体力もなく、エンターテイメントや音楽で元気づけることもできない。結局は被災した方やその地域のことを思って、時間が過ぎても忘れることなく考えながら、まずは自分の場所で毎日を大切に生きることしかできないのだろうと思います。あらためて命の大切さとはかなさを感じながら。

 やはりうまく言葉にできない、自分の表現力の乏しさに悲しくなります。