終末期の医療・介護に関する意思表明について

2017年10月29日(日)

 終末期の医療や介護については、本人が元気で自分の意思が表明できるうちに、家族なり支援者がきちんと本人の意思を確認して、できれば文書や記録に残しておくことが大事だと強く感じることが多くあります。

 グループホームで生活していたある被後見人の場合、命にかかわる重い病気の疑いがあったのですが、大きな病院で検査して治療を受けるか、そのまま看取りまでそこで生活し続けるか、判断が求められる状況になりました。それでも医療的な判断をする親族がいなかったので、複数の支援者が本人の意思を確認したところ、無用な延命措置はしてほしくないということを述べられたので、それに沿って情報共有しながら対応することになり、施設で最期まで過ごして穏やかに旅立たれました。
 成年後見人等には今のところ医療同意をする権限はありませんので、これが現実的な方法なのかなと思います。

 ただ、この方の場合は本人がなんとか自分の意思を表明できるだけの判断能力と身体状況だったので確認できましたが、急に倒れて意識不明となったり、自分の意思を表明する力が無くなってしまったような場合、医療的な判断をする親族がいない方はどうなるのでしょう。救急車を呼んで病院に運ばれれば、そこでは心臓マッサージや気管切開といった救命措置が行われ、その結果回復して自宅や施設に戻れるぐらいの状況になれば幸せですが、そのまま回復しなくても、人工呼吸器に繋がれたり、鼻からのチューブや胃ろうによる栄養補給といった延命措置がされることになります。たとえそれが本人の意に添わないことだったとしても、本人の意思を確認できなくなってしまった以上は、医療者は本人の命を救って生きながらえさせることが使命です。

 成年後見人等、本人の支援者としては、本人が元気なうちに、複数の人間で、いざという場合にどうしたいかという希望を確認して、書面に残しておくことが大事だと考えます。

 また家族の間でも、親御さんとはできるだけ元気なうちに、いざというときにどうしたいか、延命措置をしてほしいか、最期はどこで迎えたいかといったことを話し合って、希望を聞いておくことが大切です。何らかの形で記録に残しておくとより確実ですね。
 時には親の療養や介護について、兄弟姉妹の間でも意見が食い違うことがあります。ずっと近くで親の面倒を見てきて、親が余計な延命を望んでいないことを知っている娘が、緊急時に医師に余計な治療はしないで静かに見送りたいと伝えても、遠くから急にやってきた兄弟が「なんで救命措置をしないんだ、何としても生かしてほしい」と口を挟んだために、親御さんは人工呼吸器をつけられ苦しいまま何カ月も過ごすことになり、結局そのまま亡くなった、などということは少なくありません。

 そんな場合でも、本人が自分の終末期についての希望を書いて署名押印した文書があれば、これが本人の意思ですということで、兄弟や医師を説得しやすいのではないでしょうか。

 親御さんだけでなく、自分自身についてもいつ何が起きるかは誰にもわかりません。いざというときのために、まずは自分の介護や療養についてどうしたいのか、自分でよく考えて、それをきちんと文書として残しておくと、家族や周りの人にとっても助かることでしょう。

 それをもっときちんとした形で文書に残すものとして、費用はかかりますが、公正証書で「尊厳死の宣言書」を作るという方法もあります。